埼玉大学「連合寄付講座」

2016年度第4ターム埼玉大学「連合寄付講座:働くということと労働組合」講義要録

第9回(1/16)

公務労働の現状と良質な公共サービスをめざす
―公務関係労組の取り組み―

自治労総合企画総務局長 田中 浩二

はじめに

 自治労で総務を担当している田中と申します。私は、大阪市役所に勤めて、長きにわたって行政の第一線の窓口などで業務をしていたのですが、そこで労働運動に出会いまして、職場の労働組合の役員になりました。私は一般行政職、簡単に言えば事務職ですが、大阪市役所にはそれ以外に技術職や専門職も多く働いていて、大学や病院、地下鉄やバスといった交通や上下水道の分野で働く方もいらっしゃいます。そういった大阪市に関連する多様な公務員の連合体組織である大阪市労連役員の経験を経て、3年半前に自治労本部の役員になり、過去の経験を生かしてこの間、勤務労働条件なども担当してきました。
 埼玉大学で学んでおられる皆さん方は、公務員を志望される方も結構いらっしゃると伺いましたので、今日は、地方公務員の現場で今、どういういったことが課題で、労働組合が市民サービスを提供するための取り組みをどのようにしているのかについて、できるだけ簡潔に説明したいと思います。

1.自治労の組織とはどんな組織?

 今、自治労は全国47都道府県内に拠点があって、全国各地の自治体(市役所、町役場、村役場)の職場に、自治労加盟の労働組合が存在しています。全47都道府県の1700を超える自治体すべてに自治労加盟の労働組合があるかというと、そうではなくて、労働組合をなかなか組織できていない市役所や町・村役場も一部ですがあります。自治労には組合員が81万人いて、日本のナショナルセンターである連合(日本労働組合総連合会)に加盟しており、連合加盟組織では2番目に大きな労働組合です。

(1) 組合員の主な職種

 結成当初は、市役所など地方自治体の役場の職員を中心に組織していましたが、10数年前から、公共サービス部門の民間への委託が進み、公務員ではない人たちが公共分野を担うことがどんどん増えてきました。地方公務員の身分を持っているメンバーと、そうではない公共サービスを担う民間の労働者の皆さん方も、同じ法律、地方自治体の条例などに基づいて、住民の皆さん方に多様な公共サービスを提供しています。いずれにしても、民間の立場であろうが、公務員の立場であろうが、提供する公共サービス業務は、法律などに縛られますので、新しい法律ができたら、その法律には民間事業者でも従わざるを得ません。よって、同じ公共サービスを担う者として「一緒にやっていきましょう」ということで、公共民間の皆さん方にも自治労に加盟いただいて、労働条件に関わる課題のみならず、政策・制度の課題などについても様々な取り組みをして、その実現に向けて取り組んでいます。
 組合員の主な職種は、私のような一般行政職である事務職以外にも、保育士や看護師、助産師、介護職員、生活保護のケースワーカーなど専門職の方も多くいますし、皆さん方が日頃、日常生活を営む上で必要な清掃作業や上下水道の業務など、多様な分野で様々な業務を担うメンバーが私ども自治労に加盟しております。

(2) 公務・公共サービスが直面している「不都合な真実」

 次に、現時点で、公務サービス分野がどのような現実に直面しているかをお話しします。この間、国にお金がない、日本は世界一の借金大国と言われてから久しいです。政府は、日本の国際公約として、2015年度にGDP(国内総生産)に対する基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の赤字額の割合を2010年度比で半減しましょうという目標を掲げて、その実現に向けて取り組んできましたが、今では実現不可能な実態になっています。
 また、2020年度にプライマリー・バランスを黒字化しようという目標も掲げていますが、現実はなかなかそうなってはいない。「ならばどうするんだ」ということですが、当然国もそうですし、地方自治体も赤字を解消するために、公的支出を削減するしか方法がないということです。財源が足らないからと、単純に市民サービスを下げてはならない。したがって、支出を減らすには、結局人件費を削るしかないということになり、そのようなことが繰り返されてきました。結果として、公共サービスの劣化の問題や、官製ワーキングプアの増加が生じています。国にお金がない。当然、地方についても同様に国からの地方交付税に頼って多くの地方自治体は今の行政サービスを維持していますので、国からのそういった財政支援がなかったら、なかなか難しい。例えば、東京都のように税収が多く財政的に裕福な自治体もありますが、多くの地方自治体は借金(地方債)をしたり交付税で何とか行政サービスを維持していますので、地方税だけでは自治体経営が困難なのが現実です。

2.では、日本の財政はどうなっているのか?

 日本の財政はどうなっているのということですが、歳出総額は1985年から年々増加しています。今は大体100兆円前後で推移している状況です。歳入はどうかと言えば、一般会計ベースで、税金の収入が大体60兆円くらいです。1991年にバブルがはじけてしまい、ここからが失われた20年と言われていますが、2011年までは税収が一向に上がりません。その代わりに、借金である国債発行額がどんどん増えています。時々の経済状況が結果として国の財政に影響を及ぼし、それによって、地方自治体も、税収が伸びないので結局借金をせざるを得ない。そして、税収のみでは市民サービスが提供できないために、国からの地方交付税頼りにならざるを得ないのが地方自治体の現実です。
 また、2008年にはリーマン・ショックがありました。アメリカの投資顧問会社のリーマン・ブラザーズが経営破たんして、それをきっかけに世界的な金融危機が起きて、そこからまた税収もガタンと落ちました。企業が儲からないから税収も当然落ちますし、その分、逆に国債の発行高が上がる。借金まみれの今の国の財政状況が読み取れます。結局、税収は上がらないので、借金で必要額を賄っているのが現状です。

(1) 国・地方の基礎的財政収支の推移

 次は、国と地方の基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の推移を下図で示します。

 これは何かと言うと、日本の収支のバランスを示した図です。1980年代後半から1990年代前半にかけては、ゼロの線から相当上に振れていますが、バブル景気で企業が儲かって税収も上がっている時代でしたが、その後から急激に落ちている。国のプライマリー・バランスは、収入と支出との差を表すので、使う方が多いとゼロの線から下、マイナスにずっと振れたままになっている。逆に地方のプライマリー・バランスを見ると、国のように多額の公債を発行(借金)するのではなく、国からの地方交付税を含めた範囲内で予算を組み、できるだけ借金しないようにして、収支均衡を図るようにしています。元々、地方交付税は、地方と都市部との均衡をはかろうという政策のもとで、国が地方税の一部を一旦集めて地方自治体に再分配する仕組みです。つまり、全国47都道府県から一旦集めたものを、地方の実情に合わせて配分し直すのです。
 このような地方自治体の財政収支の現状について、まず基本のところとして押さえていただきたいと思います。

(2) 財政の硬直化

 財政の硬直化(一般会計歳出に占める国債費等の割合の推移)については、直近のデータを下図で例示していますが、その原因としては社会保障関係費の影響が大きいことがわかります。少子高齢社会と言われて久しいですが、最近の新聞で「ついに人口減少社会に入った」と報道されているとおり、死亡者数が出生数を超える時代、つまり人口が、自然増で増えていたのが、逆に減っていくという時代へと転換期にさしかかったのです。したがって、国債償還や社会保障関係費など義務的経費の割合の増大で財政の硬直化(弾力的に財政を運営できない)は避けて通れません。今は一般会計歳出に占める国債費等の割合が急激に増えているということを見ていただきたいと思います。

(3) 少子高齢化と社会保障給付費の関係

 その上で、少子高齢化と社会保障給付費の関係は、下の図に1965年、1990年、2012年の数値と、2025年の推計値を示していますが、社会保障関係費が急激に伸びていることがわかると思います。高齢者が増えて若者が減少している今の日本の状況をそのまま反映して、社会保障給付費は2010年に初めて100兆円を超えました。若者とお年寄りの人口比は、元々9倍くらいあったのが、今は1.8倍しかない。20歳以上64歳未満の働いている世代1.8人で高齢者1人を支えることになりますので、相当負担がかかってくるということです。今までは社会保障を負担する側にいる大勢の稼働年齢層の方々が、一部の高齢者を支えていくという社会保障の仕組みでしたが、今後は支えていく側の人数がどんどん減ってきていっていく。そうなると稼働年齢層1人当たりが負担する社会保険料が必然的に上がっていく構造になっていきますので、非常に深刻な問題だと考えています。

3.財政赤字からの脱却をめざして何をしたか?

 こうした中、政府は財政赤字からの脱却をめざして何をしたのかというと、2002年に構造改革路線が始まります。バブル崩壊以降、ずっと経済が成長しない、デフレ経済に落ち込んでからなかなか経済が好転しないという中で、社会保障関係費がどんどん増えていく。そうした状況下で、当時、小泉内閣がどういうことをしたかをお話しします。
 源流としては、ネオリベラル、新自由主義路線を打ち出しました。大企業や富裕層の経済活動を活性化させれば、その富がこぼれ落ちて、低所得層の方々に向かって徐々に流れ落ちることが国民全体の利益に繋がる。つまり、新自由主義路線を進めれば、儲かる人は多いに儲かる。そうではない方々に対しては、儲かりすぎて滴り落ちた部分が皆さん方に回っていくという仕組みを、上層から下層へ富が滴り落ちるという言葉をもじって「トリクルダウン理論」と呼んでいますが、2002年の構造改革はまさにそのような政策を、当時の小泉純一郎首相と竹中平蔵経済財政政策担当大臣が実際に行いました。ここで大事なのは、実際に行った政策としては、特に大企業に優遇税制を施すようなことをしながら、その一方で「官から民へ」という謳い文句で公共部門を徹底的に減らしていく。結局、この路線を進めたがために、今、地方自治体が抱えている様々な問題があちらこちらで起きているということです。具体的には、郵政民営化や市場化テスト導入など、様々な「改革」が実施されました

(1) 「構造改革」のために地方は何を行わざるを得なかったか?(その1)

 そこで、構造改革のために地方は何を行わざるを得なかったかということですが、上の表では、地方公務員数と地方財政計画における給与関係経費の推移が書いてありますが、1998年から2015年まで、給与関係経費はどんどん落ちています。これは、民間委託や様々なことを通じて、地方公務員の数をどんどん減らしていったのと、それと並行して市町村合併が進んだのが影響しました。「市町村の合併の特例に関する法律」(合併特例法)が1995年に改正されて、規模の小さい地方自治体を合併して大きな地方自治体に再編したので、地方自治体の数は大幅に減りました。かつては3232ありましたが、それが一挙に1700台に激減。直近の数ですが、2014年10月現在では1718まで減っています。
 したがって、地方自治体の数が減ったことによって、地方公務員の人数も減って地方公務員に支払う給与等が減っていく。当然、給与関係経費も減っていくことになります。近年、経済環境がずっと悪かったので、給料も毎年減ってきていました。地方公務員の場合は、給与水準を民間の水準に合わせる仕組みとして、人事院勧告制度があります。これは、人事院という第三者機関が、毎年夏に同年春の民間の賃上げ実態について、前年と比べてどれくらい変わったかという調査をし、その調査結果をもとに毎年、給与勧告を行う。つまり、この勧告制度によって、私たちの賃金が決まります。民間の賃金が全然上がらない状況が2002年からずっと続いていましたので、当然私たちの賃金も上がらない。むしろ去年よりも何パーセント下げましょうというマイナスの賃金改訂が続き、給与の水準自体もどんどん下がりました。合わせて地方公務員の数もどんどん減っているので、給与関係経費は下がり続けてきたのです。
 また、2011年には東日本大震災が起きたため、当時は民主党政権時代だったのですが、「国家公務員の給与を2年間7.8%減額して、その減額した財源を用いて復興財源に当てましょう」ということを2012年に実施しました。したがって、国がやったのだから地方も「はい、右へ倣え」でやりなさいという総務省の指導があったことから、この影響で一気に落ちています。2013年に地方も同じように減額して、国がやった翌年ですので、給与関係経費が1年遅れでドーンと下がっているのはその影響です。その後、民間の給与が上がり始めた結果として、それに合わせて地方公務員の賃金も連動して上がり、若干持ち直したと読み取っていただければと思います。

(2) 「構造改革」のために地方は何を行わざるを得なかったか?(その2)

 それ以外に、構造改革のために何を行わなければならなかったのか。実は東日本大震災の時だけ給与をカットしているわけではなくて、人事委員会の勧告に基づかない地方自治体独自の給与カットをずっとしているのです。
 2004年度、2005年度、2006年度には都道府県で割合が93.6、97.9、97.9と、ほとんどの自治体がずっと給与カットをし続けています。政令指定都市も都道府県と同様に、2005年度、2006年度と90%を超えています。
 都道府県と政令指定都市は大きい行政組織ですので、小さい市町村に比べて、行政サービスのメニューが豊富化していて、道路の舗装や老朽化した下水道管の交換などのインフラ整備や、生活保護費の激増などが重くのしかかり、実は2005年度、2006年度辺りが自治体財政の厳しさのピークに達していたため、止むを得ず職員の給与に手を付けざるを得なかったということです。
 町村は給与カットしいるところもありますが、自治体の数は多く、元々賃金水準が低いところはそれ以上カットできませんので、概ね3割~5割台でずっと推移していたのですが、2013年度に突然7割まで増加しました。これは「国がやったので、地方も国に準じてやりなさい」という国の指示に従った結果の数値です。
 国に入ってくる税収が少ないと、当然、地方自治体にも地方税の収入が少ないわけで、結局、行政サービス水準を維持するために、職員の給与にずっと前から手を付けていたことがこれで読み取れます。さらに、2013年度には国からの「指導」により給与カットをやらざるを得なくなったのです。

 上の図は地方公務員の職員数の推移です。1994年が最多で、ここからずっと減っています。職員数は、公営企業、警察、教育、学校の教員、福祉関係、一般行政で徐々に落ちていますが、実は警察と消防だけは、全職員数が最多の1994年との比較で比べると、増えているのです。警察で115%、消防で111%と増えているのですが、これは市民の安全・安心を重視して、そこだけはなかなか切込めないということなんでしょうか。全国的に見ると逆に増えています。

4.そもそも、日本の公務部門は国際的に見て肥大なのか?

 そうなると、「日本って、そんなに公務員数って多いのですか?」ということで、国際比較の表を下に示しています。

 これは内閣府が野村総合研究所を通じて調査したデータです。直近の2014年のデータですが、中央政府、政府企業職員、地方政府職員、軍人・国防職員という内訳で、左から順番に記載されていますけれども、日本が1000人当たり36.2人に対し、フランスは1000人当たり89.1人、イギリスは69.3人、アメリカは64.1人です。G7というか先進国と比較してみると、日本は全然多くないし、逆に少ないといっても過言ではありません。地方公務員が多いとずっと言われ続けてきましたが、日本国内にいるとわからないのですが、国際比較すると実はそうではない。先進国のグループで比較すると、ある意味で日本は極端に少ないということをご理解いただければと思います。

(1) 人件費の機械的な削減により劣化しつつある公共サービス

 人件費を機械的に削れと国から言われ続け、この間、地方自治体はずっと人員を減らし続けてきました。この1~2年だけ見れば、一般行政職の採用数は0コンマ数パーセントレベルですが、若干増えておりますけれども、それを超えるマイナス要素があって、地方公務員全体で見ると減っている。この間、各地方自治体は、向こう何年間で財政収入の見込みがこれだけしか上がらないので、これだけ経費を節減しましょうという地方財政計画を作っています。概ね5年位の単位の計画を作るんですが、向こう5年間の財政シミュレーションを行い、税収がどれだけ伸びるのか、人件費はどれくらいかかるのか、高齢化が進み社会保障関係費はどれだけ増えるのか。それらを踏まえて、地方自治体の借金である地方債をどれだけ発行するべきかなどを検討します。多くの自治体はこうした計画を作っていますが、税収が増えない中で新たな財源を確保できないとすれば、どうしても「これだけ削りましょう」という仕組みを作ろうとするだけになってしまい、その結果、様々なところで問題が起きています。

(2) 例1:過重な労働と責任により退職せざるを得ない看護職員

 人件費の機械的な削減により劣化しつつある公共サービスの一例として、看護現場のアンケート調査結果を紹介します。

 この出典は、2013年に政府が開催した第7回社会保障制度改革国民会議で日本看護協会が提出した資料で、看護師の離職の理由を聞いたものをまとめています。大きく2つに分類されますが、1つ目は、個人の状況に関する理由として妊娠・出産と結婚、子育てが挙げられています。とりわけ女性にとっては一番大きなライフイベントになりますし、理由はいろいろあるでしょうが結果として、働き続けることができないと判断し、離職せざるを得ないという選択をする場合が一番多いのです。
 2つ目は、職場環境に関する理由として、勤務時間が長い、超過勤務が多いとか、夜勤が大変だということで、職場環境に関する理由で離職されるケースが多くあります。これは看護職の例ですけれども、保育職でも同様に多いのは、子育て家庭をしっかり支えるための職に就いているにも関わらず、自らが結婚、妊娠・出産を経験され、子育てする立場になった時に、様々な事情から働き続けることができないと判断して、家事・育児に専念するということは結構多いのです。ここでは、専門職にはそんな実態があるという、国に対する看護職の訴えを紹介しました。

(3) 例2:東日本大震災によって明らかになった自治体・公共サービスの危機

 また、2016年には熊本県を中心とした九州地方に震災がありました。鳥取県でも大地震が起きましたし、東北・北海道で2016年の夏に駆け抜けた台風10号による水害も起きました。また、茨城県の常総市周辺でも大水害が起きています。自然災害の様々な場面で、その時に公共サービスの現場で何が起こっていたのかということについて、東日本大震災で起こった事例を紹介させていただきます。
 1つ目は、「市町村合併で旧自治体を切り捨てたことになっていないか?」ということですが、ここに宮城県石巻市の事例があります。これは、合併前に比べて大幅に人を減らされたケースですが、合併前は町役場だったけれども、市町村合併で新しい市の総合支庁に変わってしまい、そこの人数が大幅に減ったことによって、震災発生から5日経たないと被災現場へ物資が運べなかったという事例がありました。
 2つ目は医療提供体制の危機です。地域医療の中核となるべき県立病院の経営が大変なんですが、紹介するのは医師不足が全国で最も深刻だった岩手県の事例で、経営環境の厳しさから県立の一部の医療機関で、病床廃止などを行いました。そこに震災が直撃。一刻を争う事態に対応できる人材が現場にいないという事態に至ったのです。これは岩手県の例でしたけれども、結局被災3県全体で、震災によって300を超える病院・診療所が、廃止、休止状態に陥りました。結果として東日本大震災の時に地域医療体制が崩壊しつつある実態を顕在化させたのです。
 3つ目は民営化による影響です。ライフラインでは水道事業の復旧が真っ先に求められていたわけですけれども、宮城県南三陸町では、震災前に小規模水道事業体としては初となる包括的民間委託を実施していました。これは、「別に公務でやらなくてもいい」という判断で、議会の承認を得て行ったのですが、震災後の水道の供給率が、震災発生から3カ月弱経過した2011年6月初めの時点でわずか7%でしかなく、長期間にわたり水道水が町民の皆さんに届いていませんでした。民間委託を行ったために、復旧作業に力が十分注げなかったという実態が明らかになった事例です。

(4) 東日本大震災における自治労の支援活動

 東日本大震災に私たち自治労は、当然昼夜を問わず、土日も含めて毎日24時間体制で、私たちの仲間である被災自治体の職員が現場で切り盛りしていましたので、その職員をしっかりサポートするために、とりわけ東北の被災3県に対して全国の被災していない自治体で働く組合員が中心となり被災地の応援に入りました。避難所で食事を作ったり、保育士など専門職が子どもの世話をしたり、さらに避難所運営のサポートをしたりと、自治体職員としてのスキルを活かせる業務の支援を行ったのです。日本全国どこでも起こりうる大規模災害に対し、私たちがすべきこと、私たちができることは何かを考え実践する。これが、私たちがこれまでの経験から導き出した答えです。

5.人件費削減によって、公共サービスの担い手はどう変わったか?

 人員削減によって公共サービスはどのように変わったのかということですが、国家公務員、地方公務員、その外枠で独立行政法人があり、国や自治体がやっている業務を独立行政法人を設立しその運営を任せています。例えば、皆さんが学んでいる埼玉大学は元々国の直営でしたが、国立大学法人という法人組織にして、経営体質の改善をはかっていますし、特殊法人もアウトソーシングで民間企業の事業者に譲渡する動きも進んでいます。その結果、公務員の数はどんどん減っているのです。

(1) 公務を担っているのは、「公務員」だけではない!?

 公務を担っているのは公務員だけではないということを改めて知っていただきたいと思います。「官製ワーキングプア」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、実は、公務の職場に多くの非正規職員が働いています。これは、自治体が正規職員を減らした結果なんですが、行政需要が減っていないにも関わらず、人件費を削減するために退職者数に見合う新規採用者を雇わないので人手が不足し、十分な行政サービスが提供できなくなる。従って非正規職員を雇い入れる。この繰り返しが自治体で行われているのです。例えば、保育士の一部を非正規職員への置き換えが進んでいます。保育士の免許を持っている方で子育て中の方や、フルタイムを希望しない方に対し、採用され易い非正規職員としての採用の門戸を広げる。それで、保育などの現場で非正規職員がどんどん増えた結果、正規職員が減っていって、非正規職員は年間約200万円位の給与で働いていますので、人件費も減っていく。このように行政サービスの担い手が、正規職員から非正規職員に切り替わっている実態があります。自治労調査によると、公務部門で働く非正規職員は全国で60万人位いるのではないのかという推計数値を2008年に出しましたが、その後もフォローアップ調査を行って状況の変化を追ったところ、さらに非正規職員が拡大している実態が明らかになりました。また、2016年4月に発表された総務省の調査では64.4万人となっています。このように、公務の現場を賃金水準が低い多くの非正規職員が担っている実態があり、官製ワーキングプアが問題になっています。

(2) 進む公務職場の非正規化

 自治労が2015年6月に行った「組織実態調査」では、非正規職員をめぐる実態を調査しました。これは、すべての地方自治体について調べたわけではなくて、自治労の加盟組合がある地方自治体にお願いして聴取した結果で集約しています。
 その結果、総数で大体3割弱の方々が非正規職員になっています。また、都道府県や市町村などの単位で見た非正規職員の割合は、町村が一番多く、4割弱と、町村の現場で非正規化が相当進んでいるということがこれで読み取れます。

 これは職種別の非正規職員の比率です。学童指導員では実に95%が非正規職員で、消費生活相談員も9割を超える方々が非正規職員です。図書館職員では約7割、学校給食調理員や用務員といった学校職場関連は約6割です。さらに、保育士や看護師、ケースワーカーなど福祉・医療関連の業務を担っている専門職にも相当数の非正規職員が働いている。非正規の方々の手助けがないと仕事が回らないのが公務部門の実態です。保育士や介護士の給与水準の問題は、働き方改革会議でも議論されていますけれども、実は保育士の半数以上が非正規で安い賃金で働いているのです。

(3) 非正規職員の平均月給の分布(自治体区分別)と時給の賃金分布

 非正規職員の平均月給の分布を見ると、14万円、16万円、18万円が一番多い層です。14万円と16万円の場合、一時金がありませんので単純に12カ月で計算すると、14万円であれば168万円、16万円であれば192万円ですので、年収200万円未満に非正規職員が集中していることが読み取れます。都道府県や政令指定都市では、フルタイムで働いていて18万円を超える月給を得ている方も約3割いますけれども、市町村ではその割合が減っているということがわかっていただけると思います。
 非正規職員の時給の賃金分布を見ると、800円~900円の辺りが約6割を占めます。

(4) 非正規職員の勤務時間別の比率

 「給与が安い分だけ勤務時間が少ないのではないか」という疑問もあろうかと思います。実はそうではなくて、約6割の非正規職員が正規と同じかほぼ同等の勤務時間で働いています。正規と同じ、週休2日で月曜日から金曜日にフルで働いている方が3割弱、また、フルタイムではないがそれに近い、正規の4分の3以上(30時間超)働く方も3割5分強いて、つまり、合わせて6割を超える方が正規に近い働き方であるにも関わらず、前述の給与水準でしかないということです。

(5) 非正規職員の勤務条件の実態

 昇給制度や一時金の有無といった勤務条件の実態ですが、昇給制度はほとんどのところがありません。保育士や看護師、ケースワーカーなど専門職のエリアには、経験を積んだら若干の昇給を認めているところもありますが、ほとんどのところにはない。一時金も半数以上のところにはありません。
 また、通勤手当は必要経費です。採用している側の自治体からすると、その人が自分の職場に通うための必要最低限の費用弁償なんですが、それすら払わない自治体があるのです。支給なしが、保育士の場合で14%もあり、他の職種でも10数%となっており極めて問題です。
 年次有給休暇(年休)で問題なのは、年休そのものが付与されていないということです。正規と同じ仕事をさせていながら、年次有給休暇も与えない。加えて、夏季休暇や育児休暇、私傷病休暇(負傷・罹患した時に病院へ通うための休暇)もないことも問題です。親御さんなどが亡くなられた時の忌引休暇もないなど、正規には認められているのに非正規には認めないという実態があるのです。
 正規と同じような働き方をさせながらも、一方で、「非正規だから」と差をつける。このように、自治体の現場では、非正規職員の勤務条件面の改善が進んでいない現実が多々あることをご理解いただければと思います。

6.まとめ-良質な公共サービスを提供するために必要なこととは?

 これまでお話ししましたように、日本の財政状況はかなり厳しく、地方公務員が働く自治体でも同じで、公共サービス提供のために経費削減を進め続けなければならないという状況です。一方で、地方自治体で働く私たちとしては、「真に有効な公共サービス」を提供していくべきとの立場から、今の厳しい財政状況の中でどのようなサービスを提供すべきなのかということを、日々考えております。単に「経費が足らないなら減らせばいいのだ」みたいなことを声高に言う自治体の首長もいますけれども、そんなことでは、結果として市民の皆さん方に安心して生活できる公共サービスを提供できなくなってしまいます。
 私たちがめざす「新しい公共」とは何か。連合は、今後の公共サービスのあり方について、リスク回避や、将来への不安への備えを個人の自己責任にすべて負わせるような改革では、既に生じている格差、貧困層の固定化など深刻な事態を解決することはできないという認識のもとで、連合としては格差社会の危機が叫ばれている今こそ、新しいリスクに対応するような新しい公共サービスの重要性を認識して、機能させていこうと提唱しています。つまり、新しい公共の担い手は、官だけではなくて、民、NPOなど多様な提供主体のベストミックスによるべきであり、そのもとで「新しい政府と新しい公務員」が実現される必要があるとしています。これは今から10年ほど前に取りまとめた考え方ですが、今も基本は変わっておりません。
 そして、良質な公共サービスを提供するために何が必要か。一言で言いますと、「安全かつ良質な公共サービスとサービス従事者の処遇改善」が課題です。非正規化が進んでいる公務の現状がある中で、やはり働きがいのある職場環境づくりが極めて重要であると思っております。そのためのポイントは、①自治研究活動、②公契約条例の制定、③公共サービス基本法の制定、などを課題としております。

(1) 自治研究活動

 自治研究活動とは何かと申しますと、市民生活を豊かにするためのサービスの向上、そして住民との協働について実践することです。子育てや人口減少、農業の問題、震災に対応する時はどうするかなど、私たちが地方自治体で働きながら課題を見出し、解決に向けてどうすべきかを主体的に考え、それを取りまとめたものを、『月刊自治研』という冊子にして発行しております。そこには、現場でどのようなことが課題なのかを、そして課題解決に向けて、地域の皆さん方と地方自治体の職員がどんなことをやっているかということなどが解説されています。

(2) 公契約条例の制定

 次は公契約条例の制定ですが、簡単に言えば、自治体と契約する事業者に対する事項を条例に定めるのですが、その際、従事する労働者に一定額以上の賃金の支払いを求める内容を入れるということです。自治体が企業等の第三者にその事業を委託する場合、委託先は入札で決めるのですが、その際に、一定程度の行政サービス水準を守ってもらうことを前提で入札をかける。例えば、ある委託事業を入札にかけた場合に、11億円で受ける事業者と10億円で受ける事業者、9億円でも頑張りますと言う事業者の3者が入札した場合、取り立てて問題がないのならどうしても安い事業者へ委託してしまう。本来10億円かかるところを9億円で受託するために何をするかというと、もちろん受託企業の努力はあるでしょうが人件費を削ることにつながる場合が多いのです。公共的事業が結果的に安い賃金で働く労働者を生み出している。このことを規制するのには自治体の条例に、一定額以上の賃金支払いを明記する必要があるのです。

(3) 公共サービス基本法の制定

 最後に公共サービス基本法の制定について触れます。公共サービス基本法は、公共サービスの質が劣化する中で、国民のための公共サービスと、全ての公共サービス従事者が誇りを持って働ける環境をめざして、自治労などが働きかけた結果、議員立法で国会に提出されて2009年5月に成立しました。
 しかし、この法律ができたにも関わらず、地域ではこの法律の趣旨を受け止めた動きが弱いのです。基本法第3条(基本理念)には、「公共サービスに関する国民の権利であることが重視され、国民が健全な生活環境の中で日常生活及び社会生活を円滑に営むことができるようにすること」。これを基本として、「安全かつ良質な公共サービスが、確実に、効率的に実施されること」。また第11条には、「公共サービスの実施に従事する者の適正な労働環境条件の確保その他の労働環境の整備に関し必要な施策を講ずるように努める」と定められているにも関わらず、前述した公契約条例を定めていない地方自治体がほとんどです。公共サービス基本法ができてから、首長や議会の判断で「この法律の趣旨に沿ってやりましょう」と定めている地方自治体が20~30位と徐々に広がりつつありますが、不十分と言わざるを得ません。

 地方自治体は、国の制度・法律、それらに合わせるように各地方自治体の議会で決める条例に基づいて業務を行いますが、自治労は、前述したことを基本目標において、自らの勤務労働条件ばかりではなく、条例などを通じて安心かつ良質な公共サービスを提供していくための取り組みを進めることが、私たちの重要な課題と受け止めています。
 いずれにしても、市民生活を豊かにするためのサービスの提供に資するための取り組みとして、私どもは日々取り組んでいることをご理解いただきたいということを最後に申し上げて、私からのお話にさせていただきたいと思います。
 ご清聴ありがとうございました。


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