私の主張

仮説は後からやってきた

Assertion
中村圭介
2026.1.15

1.はじめに

 ある社会現象を解明したい。この問題関心が調査研究の出発点である。解明するといっても、その社会現象がどんなものなのか(WHAT)、どこで、誰に生じているのか(WHERE、WHO)、いかに、なぜ生じたのか(HOW、WHY)のどれを選ぶのかはさまざまである(Yin 2014)。
 解明したい社会現象が定まれば、次は、それに関係する理論を探し、そこから作業仮説を打ち立てて、データをさまざまな方法で収集する。作業仮説からデータ収集に至るルートは一方向で一回きりということはなく、何度も行き来する、時には理論まで遡ることもある。収集されたデータを整理してみると、それまで依拠してきた理論や仮説ではうまく説明できないことが出てくるからである。いくどかの往復を経た後に、報告書を執筆し、調査研究を終える。
 理論が先にあり、特定の社会現象を解明するということももちろんある。たとえば労働組合があると集団的発言メカニズムが有効に機能し離職率が下がるという理論が先行して、離職率への組合効果(これがWHATにあたる)を調べるというケースである(たとえば、中村 1988)。
 中村(1996)に収められた「製品開発への参加と職場の生産管理-VTR最終組み立てライン」と「作業組織の階層性とネットワーク-自動車生産のピラミッド」は問題関心→理論→作業仮説→データ収集というサイクルで(もちろん、何回かの往復はあった)行われた調査研究である。問題関心は「それぞれの階層にいる生産労働者の熟練を知りたい」(WHAT)であった。理論は「その会社でしか通用しない特殊な熟練」(氏原 1966、Ⅲ部第一章)、「知的熟練論」(小池 1991)、「労働力タイプ」(小池 1977)、「労働市場の模型-二重構造」(氏原前掲書、Ⅲ部第二章)、「二重労働市場論」(Doeringer=Piore 1971)、そして「日本的テイラーリズム」(仁田 1977)である。調査項目の設計(これが作業仮説である)にあたっては、新製品開発プロセス、日常の生産管理業務を視野に入れながら、生産労働者の具体的な職務内容を聴き取っていくことを重視した。
 だが、問題関心→理論→作業仮説→データ収集というサイクルで進まない調査研究もある。この文章では、地方自治体の労使関係、非正規労働者の組織化に関する調査研究を取り上げ、理論仮説が後からやってきたケースもあることを論じたい。

2.行政サービスの決定と自治体労使関係(中村=前浦 2004)

2.1.問題関心

 地方公務員の仕事と報酬について調べたいと思ったきっかけは、1990年代後半から公務員制度改革が本格的に議論されるようになったことである。制度改革をきちんと議論するほどには事実があまり知られていないのではないかという危惧を持ったからである。
 私の公務員研究は教育公務員から始まった(中村=岡田 2001)。「目的と関心」で次のように書いた。「公立小中学校の教職員の『仕事と報酬』をめぐる諸制度・・は、意味のある改革論議を許すほどに明らかにされているのであろうか。もちろん、その『仕事と報酬』をめぐって法律、政令、条例、人事委員会規則などの文書化された公式のルールは既に制定されている。そして通常、これらの法規は公立小中学校の教職員の『仕事と報酬』の全体を律することが予定されており、それらを整理、解釈、叙述することによって全体像が描けると想定されている。だが、常識的にみて、法律、政令、条例などに書かれてあるルールどおりに実態が動いているとは考えにくい。事実は、ルールが本来の趣旨とは離れて運用され、あるいは労使の当事者による慣習(custom and practice)がうまれていると考えるのが自然である」(pp.18-19)。実態を知らなければ、改革論議はあまり有意義な成果を産まない。そう思ったのである。
 同様の懸念を自治労の知り合いにぶつけた。「公務員制度改革が本格的に議論されるようになったけれど、このままでいいの?自治労は何もしないの?今こそ、守るべきは守り、変えるべきは変え、捨てるべきは捨てるという決断をすべきでしょう。そのためには、まず事実を知らなければだめでしょう」(中村 2004、はしがき)。この想いがどのような経緯で自治労に伝わったかはわからないが、自治労から「21世紀戦略研究会」のメンバーになるよう声がかかった。私には自治体の人事管理制度の実態を明らかにするという課題が与えられた。労働組合の交渉力が比較的強いと思われる6つの自治体(2つの県、1つの政令指定都市、2つの普通市、1つの町)を紹介され、組合役員、人事課および人事委員会スタッフへの聴き取りを行った。地方公務員のキャリア、役職と資格、昇進・昇格をめぐる競争、賃金制度を民間との比較で論じた中村(2004)がその成果である。
 当初の課題は人事管理制度の実態であって、「行政サービスの決定と自治体労使関係」ではなかったのである。調査を企画、開始する段階ではこのテーマについての関心はなかった。調査の途中で関心を抱くようになり、深く調べてみようという気持ちになったというのが真相である。その経緯は次のようである。人事管理制度を調べている際に「予想もしなかった言葉を何度も耳にしたことがこの研究を始めるきっかけとなった」「その言葉とは『機構改革闘争』、『要員闘争』等である。民間企業の労使関係の調査では、こうした言葉を聞くことはない。人事管理調査が終わり、収集した組合の大会報告書や議案書などを読みこなしていくうちに、『機構改革闘争』や『要員闘争』は、もしかすると、深く探る価値のある重要な研究テーマかもしれないと思うようになった」(中村=前浦 2004、p.5)。
 この段階では「何がどうなっているのか知りたい」という気持ちだけだった。問題関心というほど確固たる信念があったわけではない。当然、理論も作業仮説もない。「金脈かもしれないという思いだけがあって、何をどう聞いていけばよいのか、つまり仮説が決まらない」「・・自治体を訪れ、機構改革、定員、行政諸施策をめぐる労使間の話し合いについて、詳細にたずねる」「二度、三度と行くこともあった。一回につき、朝の10時から夕方の5時までのインタビュー、それが三日間続くということもあった」(p.5)。
 まさに「行き当たりばったり」という言葉がふさわしい調査である。「事実があまり秩序なしに収集され、山のように蓄積された事実から何が語れるかを探っていく、つまり仮説を発見し、その理論的含意を考えていく」(pp.5-6)。

2.2.データの整理

 収集したデータ(文書資料、インタビュー記録)を整理し、事例報告をまとめることには時間はかかったが、作業そのものはそう難しくはなかった。本書には4つの自治体(県、政令指定都市、普通市、町)の事例を収めた。以下では県と町の事例について簡単に紹介しよう。
 県では本庁・支庁の機構改革、保健所の再編統合をめぐる労使の話し合いを克明に記述した。機構改革案は組織変更あり(係の改廃、新設、廃止)とそれに伴う定員増減、組織変更なしで定員増減ありを内容とするものである。
 第一段階は部案の策定である。機構改革案策定は総務部人事課が各部へ「組織機構検討調書の提出」を求めることから始まる。まずは課案が作成され、課長-組合分会との協議を経て、部に提出される。これを受けて部の素案が作成され、それが各課に戻されて、再び課長-組合分会間協議に付され、それが再度、部に提出される。その後、部案が作成されて、部長-組合支部間協議に付されて、最終的な部案となる。
 第二段階は総務部人事課案、県案の策定である。まずは当局内の組織内交渉(人事課-各部)が行われ、それを経て人事課素案が策定される。素案の組織内交渉を経て、人事課-組合本部間の労使協議が行われる。その後作成される人事課案も同様の組織内交渉、労使協議に付され、最終的に県案が策定される。
 最終段階が県案をめぐる理事者-組合本部間の労使協議である。ここで合意されると機構改革案が決定されることになる。
 こうしたプロセスを詳細に記述したのである。保健所の再編統合をめぐる労使協議も同様である。
 町の事例では機構改革、採用と定員管理をめぐる労使の話し合いを克明に記述した。この事例では、上述の県とは違い、機構改革案をめぐる労使の事前協議はなかった。機構改革は課、係の統合、移管、新設、名称変更を内容とし、それに定員の増減が伴う。
 第一段階は町長をリーダーとする幹部による第一次当局案の提示と、それへの組合の対応である。組合は第一次当局案が提示されると、すぐさま「機構改革に対する意見交換会」を開催した。そこでは主幹、係長たちが抱く、日常の業務経験をベースにした適切な機構改革案、定員数を聞き取っている。その結果が組合案としてまとめられた。現場の声を全く聞かずに作成した第一次当局案と組合案との違いはかなり大きい。また当局第一次案には定員は示されていない。
 第二段階は労使協議と当局第二次案の提示である。その後に当局内での検討を経て機構改革案が確定する。組合案と確定案とを比較すると、係レベルで当局第二次案どおりになったケースもあるが、最終的に組合案が取り入れられたケースが多い。だが、第二次案で提案された定員数については、ほぼ当局案どおりになった。組合の定員案は業務量を根拠に算定され、他方、当局案ではそうした根拠が曖昧だったにもかかわらず、当局案どおりになった。定数削減を強く求める町議会の圧力があったからである。
 採用と定員管理をめぐる労使協議の焦点は次の点にあった。機構改革案の提示時点において、実際の職員数は条例に定められた定員数を下回っていた。だからこそ組合は業務量を根拠に必要な人員数を算出し、増員を強く求めたのである。だが、議会の圧力によって採用は抑えられていた。組合の増員要求を背景に、議会をどう説得していくかが当局に求められた。最終的には長期採用計画を定めることによって、解決へと向かう道すじが開くことになった。
 これらのやりとりを詳細に記述した。

2.3.仕事内容と行政サービス

 機構改革、組織再編、定員をめぐる労使協議で定められるのは、職場の末端単位である係の業務はどのようなものになるのか、それを何人で処理するようになるのかである。各係の業務内容、業務量、定員が決まれば、各課そして各部の業務内容、業務量、定員が結果として決まっていく。それは職員からみれば、自らの仕事内容、仕事量が決まることである。だからこそ、労働組合が発言する根拠があるし、理由もある。
 民間部門では個々の労働者の仕事内容、仕事量は経営側(生産管理部門)によって合理的に定められるのが普通である。そこに労働組合が関与することはない。石田(2003)が指摘するように「日本は英米との比較であっさり言ってしまえば、常に経営が主導でルールを形成してきた。粘着力のある労働者集団の職務規制がひ弱であったからである」(p.41)。私が自治体の労働組合の機構改革闘争、要員闘争に着目したのは、公共部門では「労働者集団の職務規制」があったからである。
 自治体において個々の職員の仕事内容、仕事量が決まれば、係、課、部、そして自治体全体の業務内容と業務量が決まる、つまり行政サービスの内容(質と量)が決まる。労働組合は仕事にかかわる発言を通じて、最終的に行政サービスの内容の決定に関与していることになる。この発想が金脈を掘り当てることにつながり、理論仮説を導くことになる。

2.4.行政学

 行政サービスの内容を誰がどのように決定しているのかを主たる研究領域としているのは行政学である。どのような研究が積み重ねられているのか、そこに労働組合をどう位置付けることができるのか。これを探るために、行政学の文献を渉猟することにした。二つの流れがあることがわかった。一つは中央・地方の政府間関係を対象とする研究である。「これは、私たちの関心に引きつけていうならば、地方自治体の提供する行政サービスの内容、質、量を、中央政府が一方的に決定するのか、あるいは地方自治体にも独自に決定できる領域があるのかを明らかにしようとする研究である」(p.15)。もう一つは行政裁量に関する研究である。地方自治体で政策が決定されたとしても、政策の執行段階では「裁量の余地」があることを理論的、実証的に明らかにしようとする研究である。「・・私たちの関心に引きつけていうならば、地方自治体内部の部門あるいは職員が、供給する行政サービスの決定に部分的に関与することを明らかにしようとする研究である」(p.16)。なお、 行政学の泰斗、村松による本書に対する書評によれば、中央・地方の政府間関係を対象とする研究のサーベイは「行政学者が自ら行ったことがないほど本格的であり、最近の良い研究までフォローしていて立派であるし、かつ内容も面白い」(村松 2005、p.82)。
 私が着目した研究は「行政裁量の余地」である。この流れを汲む研究は「自治体内部の部門および第一線の職員」たちに「政策執行において裁量が与えられる」(p.26)ことを論じる。「裁量が発生するのは、そもそも、条例、規則、事業計画、予算などの形で『公示された政策』が、多くの場合、執行活動を一義的には定めないからである」(p.27)。この裁量を統制するのは可能であり、部門では組織内部で規則を定め、実際に事業をどう進めるかの行動プログラムを作成し、それに従って働くことを求める。課あるいは係では、その上に、管理職が業務内容、手続きなどについての「情報とルール」を定め、それを第一線職員に提示し、それに従って仕事を進めるよう指示する。
 だが、こうした統制手段があったとしても、部門や第一線職員の裁量が全くなくなるわけではない。行動プログラムに完全にしたがって部門が機能するという保証も、管理者の「情報とルール」どおりに第一線職員が行動するという保証もあるわけではない。

2.5.理論仮説

 私のアイデアは、上からの統制ではなく、行動プログラムや情報とルールを共同で定めるという方法もあるのではないかということである。そうすることによって行動プログラム、情報とルール「に関する認識を・・共有できること」(p.27)になり、裁量の余地をさらに狭めることができるのではないか。ここに労働組合の存在価値を見いだすことができるのではないか。私の理論仮説はしたがって、次のようになる。
 「・・組織改正や部門別定員数の変化をめぐる労使の話し合いは、それが双方の協力により、より良い解決策を目指して進められるのであれば、結果として『行動プログラム』や『情報とルール』に関する認識の共有化に、少なくとも部分的な共有化につながると考えられる。そこでの話し合いが、供給する行政サービスの内容、質や量、その供給方法、人員体制、部門内の業務分担などに関して行われ、最終的にそれらについて、労使間で一応の合意が達成されるからである」(p.34)。「その結果は、行政執行活動における裁量、少なくとも・・管理者からみたときの・・第一線職員のもつ裁量の余地を狭めることにつながる」(p.34)。
 こうして労働組合は行政サービスの決定に関与することになる。この理論仮説によりながら、克明に記述した事例報告を解釈していけばよい。本書はこうしてできあがった。
 村松(2005)は自由裁量論をモデルとしているにもかかわらず、当事者の一員であるべき市民がモデルには入っていない、さらに認識の共有化が具体的にどういうことなのかを明らかにしていないという厳しい批判をした上で、「本書は、ヒューリスティックに行政学の自由裁量論の系譜をガイドラインないし手掛かりにしながら、金脈を掘れるだけ掘って目的を達し、さらに政治過程論的な分析を目指してここでも成功をおさめたと言ってよい」(p.83)と論じている。

3.壁を壊す(中村 2009、2018)

3.1.問題関心

 この調査では非正規労働者の組織化に成功した単組を対象に、なぜ組織化に乗り出したのか、いかにそれに成功したのか(WHY、HOW)を明らかにしようとした。問題関心は明確である。聴き取り調査を行ったのは日本ハム、矢崎総業、クノールブレムゼジャパン、イオンリテール、小田急百貨店、ケンウッド・ジオビット、サンデーサン、広島電鉄、八王子市役所、市川市保育園を組織している10の単組である。

3.2.データの整理

 調査の実施主体は連合総合生活開発研究所であり、私は主査として参加した。若手の研究員を育てたいという思いもあって、各単組には連合総研研究員と二人で行っている。私が調査した単組はイオンリテール、八王子市役所、サンデーサン、小田急百貨店、クノールブレムゼジャパン、矢崎総業、広島電鉄を組織している7単組であった。聴き取り調査のノウハウ(雰囲気の作り方、質問の仕方、言葉の使い方、不分明な点を即座に見つけ、それを明らかにしていく方法等々)を、若き研究員に学んで欲しいという私なりの願いからである。私の聴き取り調査のやり方を横で見ることで、何かをつかんでもらいたいと考えたのである。
 収集したデータ(文書資料、インタビュー記録)を整理し、事例報告をまとめたのも彼ら研究員である。総括は副主査を務めた橋元秀一教授が執筆した。私はごくごく簡単な総論「非正規未組織労働者を取り込む」を書いただけである。報告書は『「非正規労働者の組織化」調査報告書』(2009)としてまとめられている。

3.3.事例の精査

 調査報告書にはHOWは詳細に記述されているが、WHYとりわけ理論仮説が不明瞭なままであった。そこで私は、各事例を丹念に読み、いったい10単組のリーダーたちが非正規労働者の組織化に乗り出した理由は何なのだろうかを探ろうとした。事例報告を何度も何度も読み返し、ノートを作った。

1)イオンリテール
 ヤオハン、長崎屋、マイカル、ダイエーなど同業他社が90年代後半に相次ぎ破綻していく。イオンリテールはだいじょうぶなのか、組合員の雇用を守っていけるのか、労働条件の維持・向上も実現できるのか、そういう不安がユニオンリーダーに募る。それを乗り越えるために組合にできることの一つとして、「職場を良くする」運動を進めていくことを決める。だが、従業員の2割しか組織していない正規従業員組合だけで、十分な成果をあげることができるのだろうか。従業員の8割を占める非正規従業員を巻き込み、彼らの声を聞くことなしには有意義な成果は生まれないのではないか。この危機感が非正規の組織化へとつながる。

2)日本ハム
 日本ハムには2つの労働組合(正規従業員)があった。非正規従業員が増えていくとともに、多数派組合であっても工場での組織率は過半数に満たないところもあり、なかには1割に満たない工場もあった。1999年の労働基準法施行規則改正によって過半数代表者の資格・選出方法が明確化されると、組合内から「このような状態が続くことは問題ではないのか、他から立候補があった場合はどうするのか」という声が強まってくる。「他」とは少数派組合のことである。
 2002年の企業不祥事(狂牛病に関わる不正買取)がきっかけとなって、コンプライアンス経営を会社側に組合として強く求めていく。それだけではなく、組合としても「現場の声」を伝える力を強めていく必要があるのではないか。そうした地道な努力を積み重ね、失われた信頼を回復していかなければ、企業の存続も雇用や労働条件の維持も難しいのではないか。リーダーたちはそう考えた。だが、従業員の半数近くを占める非正規従業員は非組合員のままである。これで「現場の声」を伝えることができるのだろうか。 この二つの危機感が組織化を決断させる。

3)ケンウッド・ジオビット
 音響機器メーカーであるケンウッドの子会社で携帯電話回線の販売店がケンウッド・ジオビットである。正規従業員はケンウッドからの出向者であり、従業員の7割は契約社員であった。会社から出向者をジオビットに転籍するという提案が示されたことをきっかけに(転籍者は組合員ではなくなる)、組合を結成する必要が出てきた。だが、どこまでを組織範囲とすべきか。あるいは別々の組織とすべきか。過半数代表者の要件を満たすためにも、また、「自分たちで垣根をつくるのは時代に逆行する」のではないかと考え、非正規を含めた組合結成に取り組むことになる。

4)市川市保育園
 公共部門では正規職員の定数が削減され、その穴を埋めるために非正規職員が増えていく。だが、非正規職員は有期雇用という不安定な雇用であり、昇給もなく、退職金制度もない。当然、辞めていく非正規職員も後を絶たない。市川市保育園の非正規職員も同じであった。他方で、保育園側としては開所日の増加、延長保育など利用者のニーズは高まり、これらに応えていく必要がある。それなのに、非正規職員の離職率は高く、一人前に育てても辞めていってしまう。正規職員にとっても保育園にとってもマイナスである。こうした事態に対処するために市川市職員組合は非正規職員からなる労働組合の結成に踏み切ることになる。

5)八王子市役所
 八王子市職員組合は、1990年代に非正規職員の組織化に乗り出すまでは、正規職員主義(自治体職員は正規職員でなければならず、非正規は認めない)を採用していた。他方で、現実には民間委託が進み、非正規職員が増えていく。正規職員主義を唱えているだけでは、こうした事態に対応できない。八王子市で公共サービスを提供する労働者の一部しか代表できていない。いつの間にか、自分たちのことだけを考えるようになっていた。その反省の上にたって、正規職員主義を放棄し、非正規職員の組織化、業務委託先で働く労働者の組織化へと向かう。

6)サンデーサン
 サンデーサンはいわゆるファミリーレストランである。非正規従業員の反乱が起きたのは2003年のことである。時給の年齢給部分と年間10万円の賞与を会社側が一方的に廃止することを決めたからである。組合はこの時点では正規従業員のみを組織し、非正規は組合員ではなかった。非正規従業員から組合事務所に苦情の電話が毎日かかるようになる。店長からも非正規が辞めていくという苦情の電話もかかる。電話による苦情はその後も続く。その多くが店長とのトラブルであった。
 この紛争とは別に、以前、解雇された非正規従業員が他の労働組合に加盟し、解雇反対の裁判闘争を起こし、会社が敗訴するという事態も生じていた。この動きが広がり、非正規従業員が別の組合に駆け込むようなことがあれば、正規従業員のみからなる代表性が揺るぎかねない。 この二つの危機が組織化のきっかけとなる。

7)小田急百貨店
 売場で非正規従業員が増えていくとともに業務範囲も広がり、正規従業員とのすみわけがあいまいになってきた。その結果、職場が混乱するようになる。非正規の基幹化は進む一方で、彼らの離職率は低くない水準で推移する。せっかく訓練したのに辞めていく。正規従業員は自分の仕事以外にも、新しく採用した非正規の訓練も行わなければならない。こうした事態を解消するためには何をすべきか。職場の問題を自分たちで解決し、働きがい、生きがいのある仕事、職場をつくる必要がある。だが、4割の非正規を蚊帳の外に置いているままでは、なかなか改善にはつながらない。彼らの声を聞く必要がある。

8)クノールブレムゼジャパン
 自動車用ブレーキシステム生産を事業内容とするこのケースは、派遣労働者を正規従業員として採用し組合員とした珍しい事例である。製造現場には新規学卒は数年間配置されておらず、代わりに派遣労働者(30人、正規は50人)が生産に従事していた。当時、派遣労働者の派遣期間は3年間を上限としていた。派遣労働者がその間に、離職することも当然ある。そうなると、技能は伝承されず「ものづくりの力」が落ちていくことになる。こうした危機をリーダーが察知した。乗り越えるためには、彼らを正規従業員にして組合に加入させる必要である。

9)矢崎総業
 生産子会社4社で働く非正規従業員が組織化対象となった。何度か、組合執行部が非正規組織化を提案するが、なかなか支部の同意を得ることができなかった。執行部が非正規の組織化を強く訴えたのは、派遣労働者とのトラブルがきっかけである。派遣労働者が他の組合に駆け込み、本社前で座り込みをし、問題解決を求めたという事件があった。矢崎総業が雇用する労働者を戦闘的な労働運動に向かわせない、外からの侵入も防ぐし、内部告発にも向かわせない、そうリーダーは考えた。代表性が実際に揺らいでいたわけではないが、その危険があった。だからこそ、執行部、支部を説得していった。

10)広島電鉄
 激化する競争に対応するため、低コストで有期雇用の契約社員制度を導入した。組合も要員不足に悩んでいた(有給休暇を取得できない)ため、契約社員を組合に加入させることを条件に制度導入を認めた。ユニオン・ショップ協定に組合がこだわったのは、30年以上にもわたる組合分裂時代の苦い経験があったからである。契約社員を組合の外に置いておけば、あの苦い分裂時代がやってくるかもしれない。それを避けたい。矢崎総業のケースと同じく代表性が揺らいでいたわけではないが、その危険があった。

3.4.仮説の探求

 10の事例報告から以上のような背景を読み取ることができた。ここから浮かんでくるキーワードは集団的発言、離職率、代表性である。こう書くと、すぐに思いついたように受け止められるかもしれないが、そんなことはない。何度も繰り返し読んで、ようやく辿りついたというのが真実である。集団的発言と離職率はフリーマン=メドフ(1987)の概念(Exit or Voice)であり、代表性は過半数代表制(労働基準法)あるいは代表性一般を意味している。
 集団的発言メカニズムの機能不全を解消させること、またはその機能を充分に発揮させること、あるいは離職率を引き下げることがきっかけとなったのが、イオンリテール、日本ハム、市川市保育園、サンデーサン、小田急百貨店、クノールブレムゼジャパンの6ケースである。
 過半数代表制あるいは代表性一般の確保がきっかけとなったのは、日本ハム、ケンウッド・ジオビット、八王子市役所、サンデーサン、矢崎総業、広島電鉄の6ケースである。
 この発見から理論仮説は次のようになった。
「非正規労働者が増えていくことによって、彼らが職場の多数派になっていくことによって、集団的発言メカニズム、代表性の二つの点で自らが危機に陥りつつある」ことを察知する。「非正規労働者の組織化は彼らのためではなく、まずは自分たちのためなのだ。集団的発言メカニズムを充分に機能させ生産性を上げるために、代表性を取り戻し良好な労使関係を維持していくために、必要なことなのだ」(中村 2018,pp.21-22)。
「正規労働者は自らの危機を回避するために、非正規労働者に組合に『入ってもらった』のであって、非正規労働者を組合に『入れてあげた』」のではない(p.142)。
 この仮説にしたがって、10の事例を解釈、叙述していった。
 ところで本書を丁寧に紹介し、その上で、批判的なコメントをしてくれた金(2020)には感謝をするとともに、次のような反論をしたい。金(2020)は、非正規労働者の組織化にあたって「連帯、友愛、正義といった価値観」を強調するのを私が批判したと書いているが(p.136)、文章をよく読めば全くの誤解であることがわかる。「非正規労働者を抱える企業別組合のリーダーたちは、今までの私の話を聞いたうえで、次のように言うかもしれない」(中村 2018,p.14)として、リーダーは「連帯、友愛、正義。美しい言葉で私たちを動かそうとするのはやめてくれないか」(p.15)と言うかもしれないと想像し、それに対し、私は「そう言い放つリーダーたちを前にして、私はただそうかもしれないなあと思うだけである。私はお説教はしない」(p.15)と述べているだけである。
 なお、私のモデルが非正規労働者組織化の唯一のモデルだなどとは私は全く考えていない。是非、調査研究を企画、実施して、別のモデルを発見し、提示して欲しいと願っている。そのことによって研究面でも、実践面でも論争が生じることを期待している。

4.好奇心と粘着力

 問題関心があいまい、理論も作業仮説もわからない、そんな調査研究をやりとげ、なんとか納得できる報告書を書くために必要なことは何だろう。私は好奇心と粘着力だと思う。
 「とにかく何が起こっているのか知りたい」「なぜ、そんなことをしているのか知りたい」、こうした素朴ではあるが、強い好奇心を調査研究中、持ち続けられること、これが第一の条件なのではないか。もちろん、独りよがりの好奇心では調査対象の協力を得ることも、報告書の読者を納得させることも難しい。類似のテーマを調べている研究者、実際に問題に直面している実践家たちが共鳴してくれるものでなければならない。「熾烈な問題関心」(氏原 1971)までではなくとも、旺盛な好奇心を持つ必要がある。既存研究の「隙間」を見つけてリサーチクエスチョンを設定するという研究スタイル(アルヴェンソン=サンドバーグ 2023;中村 2024a)では、ほとんど顧みられることがない点だと思う。
 次に二つの意味での粘着力である。一つは、定量的であれ、定性的であれ、データを可能な限り収集していくという意味での粘着力である。理論も仮説もないから、何をどこまで調べるのかが事前にわかっているわけではない。とにかく「知りたい」という好奇心にまかせて調べられるだけ調べて、記録する。相手のあることだから、思い通りにいくことはあまり期待できないかもしれない。でも、「とにかく知りたい」という真剣な思いが調査相手に伝わり、共感を得られれば突破口を開くことができるかもしれない。自治体調査、組織化調査ではそうだった。
 二つには、データから理論仮説をなんとか汲みとるという意味の粘着力、いわば知的粘着力である。収集したデータを整理して、なんとか首尾一貫して読める報告書が書きたい。さらに、報告書の理論的含意を提示したい、あるいはそこから理論仮説を導き出したい。この想いを忘れることなく持ち続け、考え続ける粘着力である。そのためには、関連する文献は可能な限り読む必要がある。ディシプリンを越える必要がある場合もある。組織化調査では改めて読む文献はなかったが、自治体調査では行政学の文献を渉猟した。その努力は上述のように報われた(村松 2005、p.82)。もちろん、文献を読むにあたっては「著書や論文をしっかりと正しく読むこと・・・、著者が何をどう考え、どう執筆したのかを著者の身になって理解すること」が大切である(中村 2004b)。
 なお、事例研究の場合、事例はいかなる意味でも全体を代表するサンプルではないので、統計的一般化(statistical generalization)は不可能である。むしろ、事例研究で得られたファインディングスを諸変数間関係として一般化する分析的一般化(analytical generalization)を目指す(Yin 2014、pp.41-44)。結論は常に理論仮説でしかない。

5.歴史の風景 (ギャディス 2004)

 問題関心もあいまいで、理論も作業仮説もないままで、好奇心に駆られて調査研究を行うなどとは、正統派の研究者からみれば、とうてい認めることのできない方法論だろう。調査方法論を体系的に学んだことのない私だからこその無手勝流なのかもしれない。だが、そんな私の背中を押してくれる人もいる。
 ギャディスが組織している会議に出席している社会科学、物理学、生物学の学者のために、歴史を書く方法を説明して欲しいと偉大な歴史家であるウィリアム・H・マクニールに依頼したときの話である。
 マクニールは「ある問題に好奇心を抱くと、それに関する資料を丹念に調べはじめます。読んだものによって、その問題を定義し直すことになります。問題を再定義すると、読むものの方向性が変わります。それは問題の形をさらに変えることになり、すると読むものの方向性がさらに変わります。これでよし、と感じるまでこの手順を行きつ戻りつし、そうして書き上げたものを出版社に送るのです」
 「マクニールの説明を聞いて、参加していた経済学者と社会学者と政治学者は、失望と嘲笑の表情さえ浮かべた。『そんなものは方法ではない』と、そのうち数人が叫んだ。『それでは節減的でないし、独立変数と従属変数の区別をしていないし、帰納と演繹を混同しているところなど救いようがない』。しかしそのとき、部屋の後方から低い声が聞こえてきた。『いやその通り』と、その声は唸った。『それこそまさしく、われわれ物理学で使っている方法だ!』」(ギャディス 2004、p.66)。

参考文献

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