講評と寸評
作成日時:2026年9月8日
講評
第23回「私の提言」運営委員会
委員長 相原 康伸
連合は「山田精吾顕彰会の論文募集」事業を継承し、2004年から「私の提言 連合論文募集」をおこなってきました。山田精吾顕彰会は、連合の初代事務局長であり、労働界の統一、発展に生涯を捧げられた故・山田精吾氏の遺志を受け継ぐため1997年に設立され、労働運動功労者の表彰や若手活動家の育成などに取り組んできました。
昨年設置した「ILEC30周年記念・組合特別賞」は、時のレガシーとして残し、一層の発展をめざすべく、「組合特別賞」として、継続的に設置することといたしました。
今回、全国から寄せられた応募件数は、これまでの応募件数を大きく上回る99編。連合加盟の労組役職員はもちろんのこと、労働組合のない職場で働かれている方や定年退職された方、また、応募総数の約2割は中学生を含む学生の皆様からの応募でした。労働組合役職員からの応募も28編ありました。
提言の選考に当たる運営委員会では、①文章表現、②具体性、③独自性、④社会性、⑤現実性の観点から、「連合・労働組合に対する提言度」「自身の経験を踏まえたオリジナリティ性」などを様々な角度から選考を進めました。その結果、委員の総意で「優秀賞」1編、「佳作賞」3編、「組合特別賞」1編、「奨励賞」3編、「学生特別賞」1編を選定しました。
今回寄せられた提言は、連合運動を動かす政策的な意義と同時に、今を生きる私たちに、様々な「問い」を投げかけています。
一つは、働く尊厳です。人々が国境を跨ぎ活躍のステージを求めることは、現代において何も珍しいことでありません。しかしそれは、働く人にまつわる「生活」、即ち、本来守られるべき人権や尊厳、多様な文化に対する普遍的な敬愛を、広く社会が理解し実践する合意があってこそ成立し得るものです。では、労働運動は如何に社会の期待に応えられるのか、私たちはこの問いに真正面から向き合わなければなりません。
二つ目は、AIの加速がもたらす光と陰、とりわけ、多くの提言は、労働組合が成すべき社会的な役割を鋭く照らしています。AIを労働運動、組合活動に引きつけ、成果に結びつける創意に溢れた提言の一方で、旧来の働き方を余儀なくされ、かつ、人手不足の中、心底職場の将来を憂う、叫びにも似た提言も見受けられました。デジタル化の進展に伴う働く環境の二極化。私たちは、より一層、目を凝らして働く「実相」に迫らなければなりません。
入賞提言についての詳細なコメントは、運営委員の橋元秀一さん、秃あや美さん、大谷由里子さん、吉川沙織さんに寸評をいただいておりますので、ぜひご覧ください。私たちは、今回の99編の提言に託された思いを受け止め、「働くことを軸とする安心社会-まもる・つなぐ・創り出す-」の実現に向け、今後もより一層多くの皆様からの提言をいただけるよう取り組んで参る所存です。
結びに、応募いただいたすべての皆様、そして、公正なる審査にご尽力いただいた運営委員の皆様に心より御礼申し上げます。
寸評
國學院大學名誉教授 橋元 秀一
多数の応募があった。労働組合員ばかりでなく、一般の方や学生からも応募が増えた。提言事項も多岐に及んだが、AIやDXに関連する作品が10数点も寄せられた。DXの進展やAI利用が与える影響の広がりが反映しているのであろう。労働時間が短くなったり、作業が効率化されたりしたのであるが、成果は従来と同等ないしそれ以上に求められるようになっているという。また、近年、リスキリングが強調されたり推進されたりしているが、現場の実情としては自己責任が求められ、労働者は不安な状態にあるとしている。昔から指摘されてきた問題も取り上げられていた。長らく改善されない構造的問題として、非正規雇用、下請の労働条件の劣悪さなどである。これら様々な問題に、連合や産別組織、労働組合が、今こそ取り組むべきと、それぞれの作品は期待を込めて提言している。
様々な現場の実情分析が寄せられ、多くを学ばせていただいた。しかし、そうした状況となっている原因分析がないまま、対策が示され提言とするものが少なくなかった。問題点の深い原因分析なしに、解決策の妥当性や提言の有効性は示せないであろう。根拠のない主張になってしまいかねない。提言や政策提案の場合、記述の基本は、当該問題の定義や概念説明をし、現状分析、問題点の明確化、問題の原因分析、それを踏まえた対策・政策の提示、といった一連の論理が求められる。このような論理の結論として提言が示されることで、より明快なものとなろう。
優秀賞の鈴木彩莉氏の作品は、多数の外国人労働者を受け入れるようになっている日本において、早急に改善すべき最も深刻な問題の一つとなっている外国人女性労働者のマタハラを巡る提言である。「妊娠した外国人女性は『労働者』として守られるのか ― 多言語SNS発信を母国語相談につなぐ労働組合の役割 ―」と題した論考は、「多言語SNS発信団体と協力し、ワンストップ相談体制を整備する」ことを提言している。外国人女性労働者は、労働者としてばかりでなく生活者として「権利侵害を受けても声を上げにく」く、その現実を象徴しているのが、妊娠・出産・マタハラの問題である。外国人労働者の存在は日本の経済社会において重要な役割を果たしており、本提言は、外国人労働者問題の改善の上で、連合だからできる役割発揮へつながる提起となっている。
佳作は、次の3氏である。井手佳輝氏は、組合役員の経験から、AI活用による非専従組合役員の活動に対する実践的支援策を提案している。水野なつみ氏の提言は、メンタル休職復職者の職場復帰支援策を示したものである。髙谷鮎香氏は、「役割の持ち替えや補完を前提に、活動と生活の両立を可能とする」「相互調整」を行ったA労働組合を参考に、「限られた人が担う労働組合から、誰もが担える労働組合への転換」を提示している。これらは、実情をしっかり分析した上で、極めて重要な課題に対する具体的施策の提言となっている。学生特別賞と奨励賞3作品の提言も、貴重な論点を取り上げた有意義な作品である。新たな経済社会で、労働組合はどのような存在となるのだろうか。次回の提言が楽しみである。
寸評
埼玉大学教授 秃あや美
私は今回、「私の提言」の審査に初めて携わったが、まず驚いたのは、寄せられた提言の内容の多様さである。執筆者の皆さんが日頃直面している様々な困難や課題に対して、労働組合・労働運動にもっと何かできることがあるのではないか、という切実な問題意識から発せられた提言が多く、その思いがひしひしと伝わってきた。
なかでも印象に残ったのは、労働組合の組織範囲や活動の対象を広げようとする視点をもった提言である。例えば、疾病等で休職・退職した人への復帰に向けた支援についての提言がいくつか見られた。また、個人的に印象に残ったのは、特別支援学級に通う子どもたちの就労支援や、就労後の処遇改善・キャリア形成に関する提言である。まだ労働者になっていない人や、労働組合のない事業所で働く人など、切実な支援を必要としながら労働組合との接点をもちにくい人は少なくない。そうした人々にも目を向けることが、連合の掲げるビジョン「働くことを軸とする安心社会-まもる・つなぐ・創り出す-」という言葉に触発され、多くの提言につながっていることを感じた。
優秀賞を受賞した鈴木彩莉氏による「妊娠した外国人女性は『労働者』として守られるのか―多言語SNS発信を母国語相談につなぐ労働組合の役割―」は、日本で働く外国人女性労働者が妊娠を機に直面する困難と課題を取り上げたものである。特に技能実習生の場合、技能を学べる状態にある身体であるべきだという規範が働きやすく、生活者としてよりも労働者として存在することが優先される結果、妊娠・出産後の継続就労や産休の取得、復職といった労働者としての権利が、職場における法制度への無理解や誤解等によって侵害されやすいことが指摘されている。また、SNS等を通じた情報発信はすでになされているものの、それが外国人労働者にとって理解しやすく、実際の相談や支援につながる形になっているとは限らない。
この問題を考えるうえで重要なのが、「交差性(インターセクショナリティ)」という視点である。これは、外国人であること、女性であること、妊娠・出産する労働者であること、不安定な雇用や在留上の地位に置かれていることなど、複数の社会的位置が交差することで、それぞれを個別に捉えるだけでは説明できない固有の不利益が生じることに着目する考え方である。既存の制度では支援の対象や網から漏れてしまいやすく、そうした問題にこそ、ナショナルセンターを中心に労働組合が連帯して取り組む意義は大きい。
鈴木氏の提言は、こうした問題を指摘するだけではなく、ナショナルセンターを中心とした労働組合と関係機関との連携へと具体化している点でも高く評価できるものであった。外国人労働者をめぐる議論が、ともすれば排外主義と結びつきかねない昨今において、この提言がもつ社会的意義も大きい。
交差性は、近年、社会科学の分野でも注目される重要な概念となっている。労働組合の組織率が低下するなかで、労働組合の取り組みが届く範囲もまた限定されかねない。「まもる・つなぐ・創り出す」というビジョンを、すでに組織されている労働者だけではなく、労働組合との接点をもちにくい人々にまでどのように広げていくのか。今回寄せられた多くの提言は、その問いを私たちに投げかけているように思った。
寸評
志縁塾 代表 大谷 由里子
今回も100近い応募があり、それぞれに「思い」も伺えてなかなか賞が決まりませんでした。いろんな提言があって、わたしたちもいろんな気づきや学びがありました。
今回の特徴として時代を反映して「AI」をテーマにした提言が数多くありました。改めて、「AIとどう共存するか」「AIをどう活かすか」など、わたしも考える機会になりました。そんな中で、DXやAIの時代におけるキャリア形成の提言を述べたファイブスター労働組合中央執行委員長の石原崇弘氏の提言が組合特別賞に選ばれました。リスキリング時間やキャリア支援制度などの提言なども盛り込まれていただけでなく、「組合はキャリアを守るだけでなく、育て、自律させる存在」と言うメッセージは、これからの労働組合にとっても大切な言葉でありわたしにも強く響きました。
佳作に選ばれた不二家労働組合の井出佳輝氏、奨励賞の井下敬翔氏、鈴木爽太郎氏の提言もAIに関するものでした。AIとリテラシーやAI活用など、これから労働組合がAIとどう向き合うかなど様々な提言があり興味深く読ませていただきました。その中でも特に井下氏の提言には
「感情主権」と言う目新しい言葉もあり、運営委員の中には、井下氏を優秀賞に推す委員も数名おられました。
かなり時間を費やした結果、優秀賞に選ばれたのは、名古屋大学大学院国際開発研科博士課程2年の鈴木彩莉氏の
妊娠した外国人女性は「労働者」として守られるのか
ー多言語SNS発信を母国語相談につなぐ労働組合の役割ー
でした。こちらも、これからの時代労働組合にとっても外せない課題であると同時に、提言としても論文としてもしっかり書かれていたので優秀賞に選ばれました。
今回、微笑ましく感じたのは、中学2年生の木皮帆俊氏の提言です。
学校の先生を「ブラック」と呼ばせないために
部活動の地域移行と、労働組合がつなぐ「地域とはたらく大人の新しい関係」
一生懸命「思い」を綴った中学生の提言に心を動かされた運営委員も多く未来を感じ、これからに期待して「学生特別賞」が決まりました。地域や労働組合と中学生が興味を持って提言してくれることが頼もしいです。
たくさんの提言を読ませていただくことで、わたしも時代の流れや現場を学ばせていただくことも多く、良い刺激をいただいています。全ての提言に感謝しています。
寸評
参議院議員 吉川沙織
連合「私の提言」募集の運営委員として、第7回以降選考に携わる機会をいただき、評者にとって17回目を迎えた。15年以上の長きにわたり、一貫して提言を拝読する立場にあることは、当然ながら提言内容を通じて、時代や社会の変化を感じ取ることとなる。これまでの間、言及の多さにおいてそれを最も感じたのはコロナ禍の際であったが、今回はそのとき以上に多くの提言がAIに言及しており、昨年の提言と比較しても顕著な変化であったところ、応募数も昨年と比してほぼ倍に達するなど、大きな変化がみられた。
組合関係者、一般双方とも応募数が増加したことは本提言への関心の高さとも関係するため、それ自体は歓迎すべきことであるが、今回の提言の特徴として率直に評することをご海容いただくなら、提言の展開が同じようなもの、同一筆者の提言の中ですら体裁が不揃いのもの、それと明記せず生成AIによる図表と思われるもの等がこれまでと比して多かったことも特徴であった。
もちろん、それ以上に職場等の実態に即した貴重な提言も多くいただいており、これらを反映したため本審査となる運営委員会においては、多くの議論が時間をかけて交わされた。その結果、優秀賞1編、佳作賞3編、組合特別賞1編、奨励賞3編、学生特別賞1編を選出した。
選内の提言において、特徴的な点だけ記すこととすれば、言及が多かったAIに関していえば、AI導入と労働組合の役割を現場視点から整理したもの、AI導入時の労使協議の在り方やAI協定標準モデルを作成し社会規範とするもの、本来の労働組合の役割は対話や課題把握であり、そのためのAI活用であることを具体的に論じたものが選内に入った印象が強い。また、休職と復職を経験した労働者の視点から、厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(平成24年改訂)に4つの死角があることを具体的に指摘した上で、日本の労使関係が築いてきた復職支援モデルそのものが、いまの労働環境の変化に追いつけなくなりつつあることを示し、連合・労働組合は、先行職場の良い知恵を取り入れつつ、死角に対しては警告と対案を示すべき立場にあるとしたものは、社会的にも大きな意義があると考えられる。
ほかに、選外ではあるが、安全労働にしても品質管理にしても、「何も起こらないこと」が当たり前とされ、それが評価の外に置かれやすくなっているという現状に関する指摘した提言は印象に残っている。昨今、社会全体でも効率化を追い求め、短期的に出る成果や数字に評価が偏りつつあることについて警鐘を鳴らしているものである。
今回はとかくAIに言及した提言が多かったことが特徴であるが、社会的にも意義がある内容に触れた提言もそれ以上に多く、連合には具体的に活用できる内容についてはひとつだけでいい、本提言を続けるのであれば、とにかく活用してほしいと切に願う。
