「DX・AI時代における労働組合の「第三のキャリア支援主体」としての可能性」
― 飲食業の現場から実証するキャリア自律支援と、労働組合が担う「第三の役割」への提言 ―

石原 崇弘

作成日時:2026年9月7日

序章 2026年の職場に広がる「静かな孤立」

飲食業界の現場では、この数年で劇的な変化が起きた。
セルフオーダー端末、キャッシュレス決済、配膳ロボット、予約管理システム——DX(デジタルトランスフォーメーション)の波が、サービス業の最前線を一変させた。人手不足を補うためのデジタル化は着実に進み、業務の一部は確かに効率化された。しかし現場では奇妙なことが起きている。「楽になった」という声よりも、「何かが変わったけれど、何のために働いているのかわからなくなった」という声の方が多く聞こえてくるのだ。
AIの本格導入はこれからだ。生成AIが業務効率化をさらに加速させ、「余白」を生み出す時代が近づいている。しかしその余白は、誰のものになるのか。欧米の先進事例を見れば、AI導入で生まれた時間が「リスキリングの機会」に転換されている事例がある一方、日本ではJILPTの2025年調査において「AI導入時に労使間の話し合いが行われた割合はわずか32%にとどまる」(注1)。余白は、新たな業務目標に吸収され、消えていく——それが多くの職場の現実だ。
DXが進んだ今、そしてAIが来る前の今こそ、問われるべき問いがある。「働く人のキャリアを、誰が支えるのか」。
企業の人事部門は評価権を持ち、本音が出にくい。行政のキャリア支援は制度として存在するが、現場との距離がある。その間に立ち、利害関係なく働く人の未来に向き合える存在——それが労働組合だ。しかし多くの組合は、まだこの役割を担えていない。
私はファイブスター労働組合の委員長として、またこの1年で就任した連合滋賀第2区地域協議会の議長として、その「空白」を埋める実践に取り組んできた。
第22回「私の提言」では、ILEC30周年記念・組合部門特別賞をいただいた。そこで提言したのは「まもる」から「そだてる」への転換——組合がキャリア支援の主体となる「フォー・ユーキャリア」モデルだ。審査委員会は「現場発の実践として意義がある」と評価してくださった。しかし私自身は、受賞の喜びと同時に、ひとつの悔しさを持っていた。「熱量は伝わったかもしれない。でも、証拠が足りなかった」という感覚だ。定量データが薄く、将来形の記述が多く、「本当に機能するのか」という問いに完全には答えられていなかった。
受賞後の1年間、私はその悔しさを原動力にして動いた。AIとコーチを組み合わせた実証プログラムを組合費で導入し、月次アンケートで現場の変化を数値で追い、関西3府県の組合にプレゼンを重ねた。そして気づけば、UAゼンセンの2026年春闘方針に「キャリア形成支援の強化」が明記され、現場の実践が産別の方針を先取りしていた。
本稿はその1年間の答え合わせであり、次のステージへの提言だ。

第1章 なぜ今、組合がキャリアを支えなければならないか

飲食業界の年間離職率は26.6%、宿泊・飲食業の新卒3年以内離職率は大学卒で約50%に達する(注2)。しかしこの数字は、単に「飲食業は辞めやすい」ということを示しているのではない。離職の根底には「キャリアが見えない」という構造的な不安がある。
私が委員長を務めるファイブスター労働組合で2026年3月に実施した職場環境実態調査(52名回答)では、約90%が職場の雰囲気を「薄曇り以下」と回答した。自由記述には「人員不足で長時間労働が続いている」「DXで業務が変わったが、何のためのDXかわからない」「自分のキャリアを考える余裕がない」という声が並んでいた。
DXが進んで業務は変わった。しかし「変化した業務の中で自分はどう成長するのか」という問いに答えてくれる存在がいない。店長は売上と人員管理に追われ、将来を考える余白を持てない。上司との面談は数字の話が中心で、本音を言える場ではない。これが「静かな孤立」の正体だ。
ではなぜ、組合がこの役割を担えるのか。答えはシンプルだ。組合は評価権を持たない。だから本音が出る。企業でも行政でもない「第三の場」として、働く人のキャリアの悩みを安全に受け止めることができる唯一の組織が、労働組合なのだ。JILPT主任研究員・下村英雄氏(『社会正義のキャリア支援』著者)が指摘するように、キャリアの問題は個人の努力不足ではなく「構造の問題」であり、その構造に働きかける機能を歴史的に持つのは労働組合だけだ。

第2章 実証——数字が示す1年間の変化

第22回の論文には弱点があった。現場の熱量は伝わったが、「本当に効果があったのか」を示す定量データが薄く、一部の事例には「想定した架空の例」という注記を入れざるを得なかった。「将来的に検討しています」という表現も多く、構想段階の話として読まれた面があったはずだ。受賞後の1年で、その弱点をすべて事実で埋めた。

① BOOSTプログラム——AIとコーチの融合による実証

2025年9月、組合費を原資としてAIとプロコーチを組み合わせたハイブリッド型支援プログラム「BOOST」(Boost Health株式会社)を導入した。店長・主任職5名を対象に9週間、週15分のAIセルフセッションと月1回の外部コーチによるオンライン面談を組み合わせた実証だ。
結果はこうだ。ストレス値27%改善(5.2→3.8)、エンゲージメント13%向上(4.8→5.4)、キャリア明確度最大58%向上、若手2名のコンディション160〜333%改善、参加者満足度9.4/10(全員満足)。この期間中、参加者の多くが店舗異動という環境変化を経験していた。それでも数値が改善したのは、「状況を自分でコントロールする力」そのものが育ったからだ。
参加した若手店長はこう語った。「コーチと約束したから、自分だけでは踏み出せなかったことに動けた」「キャリアを言葉にしてみたら、改めてこの会社の良さが見えた。次の役職に挑戦したい」。これは架空ではなく、そこにいた人間の言葉だ。
BOOSTが機能した理由は三点ある。評価に関与しない外部コーチが本音を受け止めたこと。AIが週次サイクルで継続性を担保し、単発研修の「翌週には元の日常に戻る」問題を克服したこと。「ガス抜き」で終わらず「明日の一手」を一緒に決める設計だったことだ。DX化が進む職場でこそ、こうした「人とAIの組み合わせ」によるキャリア支援が力を発揮する。

② SJ職場天気予報——月次データによる現場の可視化

2025年度から導入した「SJ職場天気予報」は、職場委員がスマホで月次回答し、担当エリアごとに課題を可視化する仕組みだ。SJはソーシャルジャスティス(社会正義)の略であり、職場の不条理を個人の問題ではなく構造の問題として捉え、集合的なアドボカシー(代弁・擁護)につなげるという思想を込めた。下村氏が「海外でも聞いたことがない、オリジナリティあふれる実践」と評したこの仕組みは、組合独自の視点から生まれたものだ。
2024年度の年間データ(317名回答)では、休日取得状況が年間で3.73ポイント改善し、ハラスメントへの懸念が7.06ポイント低下した。さらにBOOSTと重なる12月データでは、キャリア不安を「強く感じている」割合が11月の71.7%から64.7%へと7ポイント改善した——年間で最も忙しい繁忙期の真っ只中にもかかわらず、だ。

③ 組合員意識調査3年間の変化

2023〜2025年度の3年間の組合員意識調査では、キャリア関連設問が軒並み改善している。「今の役割が自分のキャリア目標に近づく機会になっている」が2.75→3.01(+0.26)、「これからも自身のキャリアを発展させ切り開いていけると思う」が2.75→2.88(+0.13)——いずれも3年連続の上昇傾向だ。
第22回で「構想」として語っていたものが、数字で証明できるようになった。これが1年間の最大の変化だ。

第3章 なぜこのモデルは全国に広がれるのか

ここで問われるのは「ファイブスターだからできた、特殊な事例ではないか」という疑問だ。答えは「否」だ。このモデルが普遍性を持つ根拠は三つある。
第一に、「評価と無縁な第三者が本音を受け止める」という構造は、業種を問わず機能する。飲食業だけでなく、人材流動性が高く心理的安全性が課題になりやすい介護・小売・サービス業のすべての職場に応用できる。第二に、キャリア形成・リスキリング支援センター(国の無償支援)、ジョブ・カード、BOOSTのようなAI活用ツールは、特別な予算や資格がなくても活用できる「再現可能な手順」として整備できる。第三に、理論的な裏付けがある。下村氏が主導する「社会正義のキャリア支援」の枠組みは、組合が個人の支援にとどまらず「職場の構造的な不条理を変える力」として機能することを学術的に支持している。
この1年で、モデルの普遍性は実際に証明され始めた。キャリア形成・リスキリング支援センターと連携し、大阪・京都・兵庫の各県支部でプレゼンテーションを実施した結果、複数の組合から「やってみたい」という反応を得た。同時に「どこから始めればいいかわからない」という声も多く聞こえた。この声が、次章の提言の起点だ。
追い風も明確だ。UAゼンセンの2026年春季生活闘争方針(2026年1月22日・第14回中央委員会決定)は「「労働時間短縮とキャリア形成支援に労使で取り組み生産性向上をはかる」を基本姿勢の第3柱に掲げた(注4)。現場の実践が、産別の方針を先取りしていた。さらに連合総研・松岡康司主任研究員は「「労働組合は、AIを活用して生まれた時間を組合員の学びに充てる働き方を推進すべきだ」と論じている(注3)。私たちのBOOSTの実践は、この提言を現場で先行実証したものだ。
さらに視野を広げると、UAゼンセンの動きはより大きな絵を描いていることがわかる。永島智子会長は2025年9月の定期大会で新中期ビジョン(2027〜2032年度)を提起し、「「職業人生の長期化に産別としていかに対応するか、エッセンシャルワーカーの処遇改善をいかに進めるか——企業別労働組合では解決が難しい課題解決に総力をあげて取り組みたい」と語った(注5)。飲食・小売・介護といったエッセンシャルワーカーの職場こそ、まさにこの論文が問い続けてきた現場だ。
永島会長はまた、2025年12月の春闘記者会見で「キャリア形成支援などの取り組みを進める」と明言している。会長が掲げるビジョンと、滋賀の小さな飲食企業の組合が現場で実証したモデルは、同じ問いに対する答えを持っている。産別は大きな絵を描いた。現場は小さく、しかし確かに実証した。あとは「つなぐ」だけだ——その役割を、連合とUAゼンセンに果たしていただきたい。
このことは、組合員比率が働く人の5人に1人程度にまで低下した今、労働運動全体にとっての問いでもある。「組合は何のためにあるのか」という問いへの最も力強い答えは、制度や交渉の話ではなく、「あなたのキャリアを、組合が本気で支えた」という一人ひとりの体験だ。ファイブスター労働組合の実践は、その体験を積み重ねてきた3年間の記録であり、日本の労働運動が次のステージへ進むための、小さくて確かな一歩だと信じている。

出所:筆者作成

第4章 連合・UAゼンセンへの提言——「どこから始めればいいかわからない」を解消する

「やりたい気持ちはある。でも、どこから始めればいいかわからない」——関西3府県のプレゼンで繰り返し聞いた声だ。意欲はある。理解も進んでいる。ないのは「再現可能なモデル」と「最初の一歩を踏み出す仕組み」だ。以下の三点を提言する。

提言① AI余白の「リスキリング時間保障」を春闘の標準要求に

DXが生んだ効率化の余白が、新たな業務目標に吸収されている現実がある。AIの本格導入が進めば、この問題はさらに深刻になる。欧米では、ドイツIG Metallが自動化で削減された労働時間の一部をスキルアップ研修に充当することを労使協約に明記した。骨太の方針2025にも「「AIの活用を通じた在職者へのキャリアサポートの強化」が明記された(注6)。UAゼンセンの春季生活闘争において、DX・AI導入による削減業務時間の一部を「勤務時間内の学習・リスキリング時間」として保障することを、労使協定の標準要求として組み込むことを提言する。「会社のためのリスキリング」ではなく「自分自身の市場価値を高める学び」として届けることで、若手組合員が感じる「リスキリング疲れ」も乗り越えられる。評価と無縁な組合だからこそ、この交渉を主導できる。

提言② 「キャリア支援ファシリテーター」育成と全国認定制度の創設

連合が「労働組合版キャリア支援ファシリテーター認定制度」を創設することを提言する。傾聴・共感・アサーションのスキルを習得し、組合員のキャリア面談を担える人材を全国で育てる。下村氏の「社会正義のキャリア支援」の哲学——職場の不条理を構造の問題として捉えアドボカシーで変える——をベースに、支部長が伴走者へと成長できるプログラムだ。ファイブスター労働組合の実践モデルをパッケージ化し、地方連合会・産別ごとの研修プログラムとして展開する。キャリアコンサルタント資格保持者をスーパーバイザーとして各地域に配置し、難しい事例に対応できる体制も整備する。UAゼンセン本部にはすでにキャリアコンサルタント資格取得者が8〜9名おり、このネットワークを活かせる。

提言③ 連合寄付講座への「組合×キャリア支援」コンテンツの導入

連合滋賀第2区地域協議会議長の立場から、地域と次世代をつなぐ提言として加えたいのが連合寄付講座の活用だ。ILECが全国の大学で展開する連合寄付講座(同志社大学・法政大学・一橋大学・愛知県立大学等)は、学生が就職前に労働組合を知る貴重な接点だ。しかし現在のコンテンツは「労働条件の守り方」が中心で、「組合がキャリアを支援する」という新しい役割が伝わっていない。この講座に、BOOSTや職場天気予報の実践事例を「組合×キャリア支援」のコンテンツとして組み込むことを提言する。飲食・サービス業界に就職する学生にとって、これらの事例は「自分ごと」として響くはずだ。学生が就職前に「組合はキャリアを守るだけでなく、育て、自律させる存在だ」と知ることは、将来の組合離れを防ぐ最も早期の介入になる。

終章 「店長が前を向いて働く姿」が、最も強い採用メッセージになる

連合初代事務局長・山田精吾氏は「理想は高く、目線は低く」と語った。どれだけテクノロジーが進化しても、労働組合の本質は「働く仲間を一人にしないための温もり」にある。ただし、温もりを届ける手段は時代に合わせてアップデートされなければならない。
BOOSTを終えた若手店長が語った言葉を記す。「苦手意識があったメンバーに話しかけてみたら、ちゃんと聞いてくれた。ずっと課題だと思っていたことが、少し動いた気がする」。もう一人——「キャリアを言葉にしてみたら、改めてこの会社の良さが見えた。次の役職に挑んでみようと思う」。
店長が前を向いて働く姿は、若手に「ここで成長できる」という希望を見せる。DXが進み、AIが来る時代に、その希望を届けられるのは評価とは無縁な立場にある労働組合だけだと、私は確信している。
「まもる」から「そだてる」へ。そして「じりつ(自律)させる」へ——この三段階の進化には、実は長い歴史がある。第1回「私の提言」論文集に掲載された永井幸子氏の論考『「産業別労働組合はどこまで組合員個人と関われるのか」(注7)は、組合がキャリア形成の伴走者になるべき未来を描いていた。あれから20年以上が経ち、私たちはその言葉を飲食業の現場でようやく実装し始めている。第22回で「そだてる」を提言した。第23回で「じりつ(自律)させる」へと深化させた。次の1年で、この実践を全国に届けていただきたい——それが、連合・UAゼンセンへの私からの切実なお願いだ。


【注 記】

  • 注1:JILPT「AIの職場導入による働き方への影響等に関する調査」調査シリーズNo.256、2025年5月
  • 注2:厚生労働省「令和5年 雇用動向調査結果の概況」2024年/「新規学卒就職者の離職状況(令和2年3月卒業者)」
  • 注3:松岡康司「AI時代に問われる労働組合の役割について」連合総研レポートDIO No.408、2025年5月
  • 注4:JILPT「2026労働条件闘争方針(UAゼンセン)の概要」2026年1月
  • 注5:JILPT「UAゼンセン第22回定期大会」報告、2025年9月
  • 注6:内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2025」2025年6月13日閣議決定
  • 注7:永井幸子「キャリア形成のサポート組織としての産業別労働組合の可能性」第1回「私の提言」論文集、2004年