「働けない時間」のあとに
─メンタル休職復職者の視点から連合・労働組合に問う 職場復帰支援の刷新に向けて─

水野 なつみ

作成日時:2026年9月7日

はじめに

私自身、心の不調で職場を一定期間離れ、戻った経験がある。所属していたのは労働組合のない職場であった。三〇分の面談で復職可否が決まり、復職後の職務範囲は「いま手の空いている案件のアシスタント役」として上司の口頭で示された。主治医の診断書は会社の指定する書式に書き直してもらう必要があり、勤務時間や評価期間の取り扱いは「人事の運用上の判断」として曖昧に整理された。あの時、もし職場に労働組合があったら、と何度も考えた。同時に、こうも思った──仮に組合があったとしても、いまの仕組みでは間に合わなかったのではないか、と。
二〇二四年度、精神障害を発病し労災認定された件数は一〇五五件にのぼり、統計開始以来初めて一〇〇〇件を超えた。認定件数は六年連続で過去最多を更新している。一方、メンタル不調で休職した労働者の四二%が休職中または復職後に退職に至り、復職後五年以内の再休職率を四七・一%とする研究もある。「戻れる場所」を確保するという労働組合の基本任務は、いま、これまでになく重い意味を持つ。
しかし、日本の労使関係が積み上げてきた復職支援モデルは、終身雇用・単一職務・対面勤務という前提のうえに設計されてきた。ジョブ型雇用の浸透、人材流動化、リモート勤務の常態化、評価制度の成果主義化が同時並行で進む現在、その前提は静かに崩れつつある。本提言は、休職と復職を経験した一人の労働者の視点から、いま連合・労働組合が取り組むべき新たな枠組みを論じる。

一.数字が示す危機――なぜ今、復職支援を問い直すのか

精神障害の労災認定一〇五五件という数字の背景には、職場の構造的なストレス源がある。支給決定の根拠とされた「出来事」の上位は、パワーハラスメント二二四件(うち女性一〇一件)、仕事内容・仕事量の大きな変化一一九件、カスタマーハラスメント一〇八件(うち女性七八件)、セクシュアルハラスメント一〇五件と続く〔1〕。カスタマーハラスメントでは女性が約四分の三を占め、パワハラ・セクハラと合わせて、女性労働者が職場の構造的暴力に晒される頻度の高さを示している。復職支援を論じる際、ジェンダー視点はもはや任意の配慮事項ではなく、制度設計の起点である。
事業所規模別の発生率にも目を向けたい。厚生労働省「労働安全衛生調査」(令和四年)によれば、過去一年間にメンタルヘルス不調により連続一か月以上休業した労働者または退職した労働者がいた事業所は、全体で一〇・六%。一〇〇〇人以上では九〇・八%にのぼる〔2〕。組織が複雑化するほど職場ストレスが多層化することの帰結である。
復職後の道のりも険しい。独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査によれば、メンタルヘルス不調で休職した労働者の四二%が休職中または復職後に退職に至っている〔3〕。せっかく復帰しても、約半数が再び戻ってしまう現実が、既存モデルの限界を物語っている。
一方、労働組合の側に目を転じると、構造的な弱化が止まらない。厚生労働省「令和六年労働組合基礎調査」によれば、推定組織率は一六・一%で三年連続の過去最低を更新した。企業規模別では一〇〇〇人以上で四〇・〇%、一〇〇〜九九九人で九・九%、九九人以下では〇・七%と、規模が小さくなるほど壊滅的に低い〔4〕。メンタル休職者が発生しやすい大規模事業所には組合が存在し、組合のない中小規模事業所では発生率自体は相対的に低い──この一見対照的な構造は、組合のない職場のメンタル不調者が、孤立して復職または退職している現実と表裏一体である。
そして、ひとつの追い風がある。二〇二五年五月公布の改正労働安全衛生法により、五〇人未満の事業場にもストレスチェック実施が義務化されることとなった(最長で二〇二八年五月までに施行)〔5〕。メンタルヘルス対策が全事業場に行き渡る制度的基盤が整いつつある。連合・労働組合にとっては、「予防」だけでなく「復職」までを射程に入れた施策を提示する絶好の機会である。

二.既存復職支援モデルの達成と、いま見えてきた四つの死角

メンタル不調による休職と職場復帰は、労働組合にとって長く重要な交渉領域であった。厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(平成二四年改訂)は、産業医・人事労務スタッフ・管理監督者・休職者本人の連携による五ステップの復職支援プロセスを示している〔6〕。日系大企業の多くがこの手引きを土台に、就業規則上の休職制度、傷病手当金との接続、産業医面談、リハビリ出勤、段階的復職、復職後配転配慮といったプログラムを整備してきた。組合の春闘要求や労使協議を通じて勝ち取られたものであり、連合と加盟組合の歴史的な達成として、まず正当に評価したい。
しかし、こうした既存モデルには、いま四つの死角が生じている。上流の構造的死角(職務硬直性)が、中流の死角(評価宙吊り、本人の声)を生み、下流の死角(組合不在職場)でそれらが補正不能になる──因果関係をもって連鎖している。
第一は、上流の構造的死角――職務硬直性である。手引きは原則として元の職場への復帰を求め、職務内容や責任範囲が休職前と同じであることを暗黙の前提とする。だが復職時の本人の状態は休職前と同じではなく、同じ職務に戻ることがかえって再発の引き金となるケースは少なくない。種市康太郎・桜美林大学教授は、再休職の温床として「医療の側が復職可とするハードルが、職場側が可とするハードルよりも低い」乖離を指摘している〔7〕。なお判例上はすでに片山組事件最高裁判決(最判平一〇・四・九労判七三六号一五頁)が、「職種を限定していない労働契約では、本人が配置可能な他業務での労務提供を申し出ている場合、債務の本旨に従った履行の提供と認める」とした〔8〕。この判断枠組みは病気休職からの復職場面にも応用されているにもかかわらず、現場では依然として「元の職務への復帰可否」が中心に問われ、職務再設計の発想が制度として組み込まれていない。
第二は、中流の死角――評価宙吊り問題である。職務硬直性のもとで休職期間中の評価が制度的に処理されず、成果主義評価が広がるなかで「無評価期間」として扱われ、復職後のキャリアが事実上停滞する事例が増えている。労働組合は賃金交渉では成果を挙げているが、「休職した組合員の評価をどう扱うか」という個別人事領域には踏み込み切れていない。
第三は、本人の声の死角である。手引きでは産業医と人事労務スタッフが「職場復帰可否の判断」を行うとされ、本人の主観的な状態や希望は副次的な位置づけにとどまる。組合が「本人の意思を代弁する」古典的役割は、メンタル不調という極めて個人的・主観的な領域では十分に発揮されにくい。
第四は、下流の死角――組合不在職場である。労組組織率が〇・七%しかない九九人以下の事業場では、復職判断は実質的に経営者と人事担当者の個別判断に委ねられ、属人的・恣意的になりやすい。上記三つの死角を是正する内部メカニズムそのものが、ここには存在しない。「すべての働く仲間が安心して働き、暮らすことのできる社会」を掲げる連合にとって、この空白地帯は最大の宿題である。
さらに、これら四つの死角の全てに横断的に重なるのが、ジェンダー固有の事情である。カスタマーハラスメント被害から休職した女性労働者が同じ顧客対応部門に戻され再発する事例、評価宙吊りが出産・育児によるキャリア中断と累積する事例、本人の声を上げにくさがハラスメント被害の心理的影響と重なって深刻化する事例。既存モデルはこうした重層性を「個別事情への配慮」として担当者の裁量に委ね、制度として組み込んでいない。
これら四つの死角は、個別の組合の責任ではない。日本の労使関係が築いてきた復職支援モデルそのものが、いまの労働環境の変化に追いつけなくなりつつあることを示している。

三.働き方の変容と、組合不在職場で起きていること

ジョブ型雇用、成果主義評価、リモートワーク、転職前提のキャリア観。これらは外資系企業や一部の先進的日系企業で先行的に普及してきた。第二二回「私の提言」佳作賞「『人材の流動化』による労働市場や職場への影響」が指摘した通り、これらの潮流は今後、日系大企業の職場にも本格的に到達する〔9〕。復職支援の現場でも、先行職場で生まれている良い知恵と新たな死角を、連合・労働組合は学んでおく必要がある。
筆者自身が体験した、組合のないジョブ型志向の職場での復職プロセスを率直に共有したい。復職可否の最終判断は人事と直属上司の裁量。復職計画書のテンプレートはなく、職務範囲は三〇分の面談で暫定的に決まる。目標設定は通常の年次プロセスとは別の「観察期間」として処理され、評価上の取り扱いは曖昧なまま据え置かれた。リモートと対面の比率は調整可能だが、その柔軟性は人事担当者個人の判断に依存し、担当者が異動すれば失われる脆さがあった。属人的であるがゆえに柔軟性も生まれる反面、その柔軟性は制度として担保されていない──これが組合不在のジョブ型志向職場における復職実務の現実である。
なお、復職実務は業種によって直面する課題が異なる。製造業の交代勤務職場では夜勤復帰判断が安全配慮義務との関係で重い論点となり、医療・介護現場では患者対応の心理的負荷が再発リスクと直結し、サービス業のカスハラ被害者の復職では加害顧客との再接触が障害となる。構造的死角は業種を超えて共通するが、産別ごとの具体策への落とし込みは今後の課題である。
先行する職場で観察される、復職支援の良い知恵としては、次の三つが挙げられる。第一は職務再設計による復職である。元の職務にそのまま戻すのではなく、復職時点の本人の状態と職場のニーズに照らし、職務範囲・責任・業務量を再構築する。ジョブ・カービング(Job Carving)と呼ばれ、ジョブ型雇用の職場では実務的に行いやすい。第二は本人主導の復職計画(Return-to-Work Plan)で、本人・主治医・産業医・上司の四者で計画を共同作成し、医療側と職場側の判断ハードルの乖離を埋める。第三はリモートワークを活用した段階復職で、「通勤負荷」「対面コミュニケーション負荷」「業務量」を独立して調整できる、精細な復職設計が可能になる。
一方で、こうした先行職場には深刻な死角もある。第一は、復職支援が制度として担保されず、属人的判断に委ねられること。良い人事担当者・上司に当たれば手厚い支援が得られるが、そうでない場合は丸腰で復職に臨む。第二は、グローバル本社の評価サイクルが日本の休職期間を吸収しない場合があること。日本法上は休職期間中の不利益扱いに一定の制約があるが、グローバル統一の年次評価では「成果なし」と機械的に処理され、復職直後に業績改善プログラム(PIP)の対象となる事例がある。第三は、組合の不在による交渉力の非対称性である。復職条件の交渉が完全に「個人対会社」となり、本人が休職明けで脆弱な状態にあるなかで会社側の提案を受け入れざるを得ない構図が生まれる。この構図は、復職を孤独な戦いに変えてしまう。
連合・労働組合は、先行職場の良い知恵を取り入れつつ、その死角に対しては警告と対案を示すべき立場にある。
国際的な視点を加えるならば、オランダの「ゲートキーパー改善法(Wet Verbetering Poortwachter、二〇〇二年)」は示唆的である。同法は雇用主に最長二年間の賃金支払い義務(最低七〇%)を課し、六週目に産業医による「問題分析」、八週目に雇用主と労働者による「行動計画」の共同策定、六週間ごとの進捗確認と文書化を義務付ける。社会保険庁(UWV)の事後審査で雇用主の義務違反には最大五二週間の追加賃金支払い制裁が科される。本人主導の復職計画、産業医の中立性、職務再設計、文書化主義──本提言で論じてきた要素のほとんどが、すでに法的枠組みとして制度化されている。OECDの「Fitter Minds, Fitter Jobs」報告(二〇二一年)は、メンタル不調者の雇用率がOECD平均で健康者より二〇%低く、失業率は約三倍、障害給付受給率は約一・五倍と指摘しており、復職支援を社会全体の課題として捉える根拠を与えている〔10〕。

四.時代環境の変化――「戻れる場所」そのものが揺らぐ

ジョブ型雇用への移行は、もはや外資系や一部先進企業の話ではない。経団連は二〇二〇年以降、ジョブ型雇用への移行を繰り返し提唱し、富士通、日立製作所、KDDIなど主要日系企業が段階的に導入を進めている。日本経営協会「若手社会人就労意識ギャップ調査報告書二〇二四」では、若手社員のうち「定年まで働く」と答える割合は相対的に少なく、個人の生き方を軸にした就労観が広がっている〔11〕。
東京商工リサーチによれば、上場企業が二〇二四年に募集した早期・希望退職者は約一万人に達し、前年の三倍水準となった。二〇二五年五月時点では前年同期比約九割増のペースで推移し、リーマン・ショック直後以来の規模となっている〔12〕。製造業を中心に「黒字リストラ」が主流化しつつある。
この流れは、メンタル休職者にとって深刻な意味を持つ。休職中・復職直後の組合員が、構造改革の対象に組み込まれるリスクが高まる。脆弱な状態にある労働者が、職場を離れている間に自分の居場所そのものが失われていく──「戻れる場所」の確保という復職支援の原点が、いま揺らいでいる。連合・労働組合には、既存モデルを修繕するだけでなく、「戻れる場所」そのものを再設計する責任がある。

五.提言――復職支援の刷新に向けた三層イニシアティブ

以上を踏まえ、連合・労働組合がいま取り組むべき具体的施策を、募集テーマの「まもる・つなぐ・創り出す」の三層構造で提言する。

第一層:まもる――既存復職プログラムの刷新

第一に、二〇二六年春闘における「職場復帰モデル協約」の提示である。連合は産別組織と共同で、次の四項目を盛り込んだモデル協約を策定し、加盟組合の標準要求項目に位置づける。

  • (一)復職時の職務範囲・責任・業務量を、本人・産業医・上司・組合代表の四者で再設計する手続を就業規則に明記すること
  • (二)復職プロセスにおける本人意思の確認・代弁機能を、既存の労使協議会または苦情処理委員会の付託事項として制度化すること
  • (三)休職期間を評価上「中立期間」として扱う原則の明文化
  • (四)リモートと対面の比率を独立変数として組み合わせる段階復職方式の制度化

ここで(二)は、産業医の医療判断や個人医療情報の秘匿性を侵すものではなく、本人が組合関与を希望した場合に、復職プロセス全体に関する意見聴取の場を労使協議枠組みの中に設けるという趣旨である。労組法上の団体交渉権の延長というよりも、既存の労使協議・苦情処理慣行を、復職実務に拡張する位置づけとなる。
第二に、復職経験者の知見を産別レベルで集約する常設委員会の設置である。同じ症状を経験し、同じ業種で復職した先輩組合員の声は、属人的判断の海で迷う本人を支える最大の資産となる。連合本部の女性委員会・青年委員会と並ぶ位置づけで、各産別がそれぞれの産業実態に応じた常設委員会を設置する。情報労連、UAゼンセン、自動車総連、電機連合など、メンタル休職事例が業種特性として早くから蓄積されてきた産別が先行モデルとなりうる。連合本部にはこれらを横断的に集約する連絡会議を置く。ハラスメント被害からの復職、産休・育休との重複、キャリア中断後の復帰など女性労働者に固有の論点については、連合女性委員会と各産別委員会との合同企画を年次で実施し、男性中心の労組文化のなかで取りこぼされてきた論点を組み込む。
第三に、復職時の合理的配慮を労使協定モデル化することである。障害者雇用促進法上の合理的配慮義務は手帳の有無を問わず適用されるが、「長期にわたる職業生活の制限」要件があるため、メンタル休職からの復職者は「一時的制限」と判断され対象外となるケースが多い。立法を待たずに、まず労使協定レベルで「メンタル休職からの復職者への合理的配慮」を制度化するモデルを連合が示し、加盟組合に普及させる。法定義務の隙間を、労使自治で先行して埋める発想である。

第二層:つなぐ――組合不在職場の復職者にも届ける

第一に、連合「なんでも労働相談ホットライン」に、復職支援に特化した集中相談日を年二回設置する。新年度開始前の春期と季節要因で不調が増える秋期に集中相談を実施し、復職交渉の助言、退職勧奨への対抗、産業医との連携などをワンストップで提供する。集中相談日には、女性相談員による「女性のための復職相談」枠を並行設置し、ハラスメント被害からの復職、育休からの復職と重なるメンタル不調といったジェンダー固有の論点に対応する。
第二に、Wor-Q上に「復職経験記録集」を構築する。連合の「Wor-Q」は組合に加入していないフリーランス・非正規・若年層への支援基盤として設計されている。ここに業種別・職場規模別・症状別に整理した復職経験者の体験談を匿名で蓄積する。たとえばITサービス企業の若手社員がうつ症状から復職する際、同業界・同症状の先輩のケースにたどり着き、復職計画の交渉ポイントや段階復職の事例を参照できる──孤立した復職者を支える検索可能なデータベースを目指す。
第三に、地方連合を起点とした地域連携協定の締結である。地域の産業保健総合支援センター、社会保険労務士会、精神科医会と地方連合との三者協定を、まず先行三〜五地方連合でモデル展開し、効果検証を経て全国に広げる。組合のない職場の労働者でも、産業医・主治医・社労士のいずれかに相談すれば地方連合の労働相談につながる動線を整備する。中小企業労働者は企業内の産業保健スタッフが不在のケースが多く、地域による外部支援の制度化が決定的に重要である。

第三層:創り出す――制度的アプローチ

第一に、厚生労働省「職場復帰支援の手引き」改訂への政策提言である。現在の手引きは平成二四年改訂以降、ジョブ型雇用やリモートワークの普及に対応した本格的改訂が行われていない。連合は政策実現運動の中で、職務再設計、本人主導計画、リモート活用段階復職を盛り込んだ手引きの抜本改訂を求める。
第二に、二〇二八年五月までに施行される全事業場ストレスチェック義務化を活用した全国的な啓発活動である。ストレスチェック制度はこれまで一次予防に偏ってきたが、義務化拡大の機会を捉え、「不調者が出た後の復職支援」を制度の柱に加える運動を連合が主導する。経団連、日本商工会議所、健康保険組合連合会など労使他団体との共同フォーラムによって、社会的影響力を最大化する。
第三に、メンタル休職復帰者への合理的配慮に関する立法提言である。障害者雇用促進法上の合理的配慮義務は手帳の有無を問わず適用されるが、「長期にわたる職業生活の制限」要件のため、診断書による休職を経て復職する労働者の多くは「一時的制限」と判断され、法定義務の隙間に置かれている。労働安全衛生法は刑事罰を伴う事業者規制法であり相対的概念の組み込みは法理論上困難なため、立法提言としては労働契約法が筋となる。連合は政策制度要求の中で、労働契約法に「メンタル休職者の復職時における合理的配慮義務」条項を新設することを中期的課題として位置づける。
これら三層の施策は、連合の既存事業──春闘、ホットライン、Wor-Q、地方連合、政策実現運動、産別委員会──の組み替えで実装可能なものが多い。重要なのは、ばらばらに動かすのではなく、復職支援の刷新という統合的メッセージのもとに束ねることである。

おわりに

「働くことを軸とする安心社会」の「働く」には、「いったん離れて、また戻る」という時間が含まれている。心の不調で職場を離れた労働者が、再び社会のなかに居場所を得る瞬間──そのとき、労働組合の存在意義は最も鋭く問われる。
連合と加盟組合が築き上げてきた復職支援の歴史は、誇るべき達成である。しかしその上に、いま、ジョブ型雇用、人材流動化、リモート常態化、評価成果主義化という地殻変動が起きている。既存モデルの修繕では追いつかない。組合のある職場でも、組合のない職場でも、「戻れる場所」のかたちそのものを再設計する時期に来ている。
復職とは、誰にも気づかれずに、しかし確実に、社会の輪郭が試される瞬間である。一人の労働者が戻る場所を、もう一度社会の手で設計し直すこと──それは、労働組合が次の世代に手渡せる最も大切な仕事のひとつではないだろうか。本提言が、その仕事の一頁になることを願って、結びとしたい。


参考文献・注

  • 〔1〕厚生労働省「令和六年度『過労死等の労災補償状況』」二〇二五年六月公表。
  • 〔2〕厚生労働省「令和四年労働安全衛生調査(実態調査)」二〇二三年八月公表。
  • 〔3〕独立行政法人労働政策研究・研修機構「メンタルヘルス、私傷病などの治療と職業生活の両立に関する調査」二〇一三年。
  • 〔4〕厚生労働省「令和六年労働組合基礎調査の概況」二〇二四年一二月公表。
  • 〔5〕改正労働安全衛生法、二〇二五年五月一四日公布。全事業場へのストレスチェック実施義務化は公布後三年以内に政令で施行日を定める。
  • 〔6〕厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」平成二四年改訂版。
  • 〔7〕種市康太郎「職場復帰支援プログラムにおける仕事力評価の試み」『産業精神保健』。
  • 〔8〕最判平成一〇年四月九日労判七三六号一五頁(片山組事件)。本判決の判断枠組みは、その後の私傷病休職者の復職可否判断にも応用されている。
  • 〔9〕第二二回「私の提言」佳作賞 廣田一貴「『人材の流動化』による労働市場や職場への影響~今後の企業・労働組合に求められるもの~」教育文化協会、二〇二五年。
  • 〔10〕オランダのゲートキーパー改善法については Business.gov.nl, “Reintegration obligations for employers”(オランダ商工省政府ポータル)参照。OECDメンタル不調者の雇用統計は OECD, “Fitter Minds, Fitter Jobs: From Awareness to Change in Integrated Mental Health, Skills and Work Policies”, OECD Publishing, 2021 による。
  • 〔11〕一般社団法人日本経営協会「若手社会人就労意識ギャップ調査報告書二〇二四」二〇二四年一二月公表。
  • 〔12〕東京商工リサーチ「上場企業『早期・希望退職募集』状況」二〇二四年集計および二〇二五年五月集計。