雇われない「協同労働」という働き方-日本とスペインの事例から
日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会編著
『協同労働の挑戦-新たな社会の創造』
工藤律子
『ルポ雇用なしで生きる-スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』

協同労働の挑戦-新たな社会の創造

萌文社
1,400円+税
2016年4月

ルポ雇用なしで生きる-スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦

岩波書店
2,000円+税
2016年2月

評者:麻生裕子(連合総研主任研究員)

 世の中にはさまざまな働き方がある。企業に雇われる働き方が圧倒的に多いのが現状であるが、そうではない働き方にも注目が寄せられつつある。そのなかでも、雇用されない「協同労働」という働き方に焦点をあてた2冊の著書をとりあげる。ここでの「協同労働」とは、雇用労働との対比で捉えており、他者の指揮命令下にあるのではなく自主的に協力して働くことをさす。そのような労働者の組織が労働者協同組合である。いわば出資、経営、労働が一体化した働き方である。
 『協同労働の挑戦』(以下、前者)は、日本労働者協同組合(ワーカーズコープ)連合会(以下、日本労協連)がまとめた対談・鼎談・講演集である。テーマは障がい者就労支援、農業と自然、沖縄米軍基地など多岐にわたっているが、全体に共通するメッセージは、「協同労働」という新しい働き方が、連帯を基礎とした新たな社会を創り出す大きな可能性をもっているということである。
 『ルポ雇用なしで生きる』(以下、後者)は、スペインの市民運動(通称15M)、時間銀行、地域通貨、フードバンク、社会的目的をもつ労働者協同組合などについて詳細に取材した現地レポートである。これらの運動はすべて、市民が主体となって、既存の経済システムを補完するもうひとつの経済システム、いわば連帯経済を構築することを目的としている。

 これらの著書にとりあげられた日本とスペインの「協同労働」の事例をそれぞれみておこう。
 前者で紹介されている日本の事例の一つに、企業組合労協センター事業団・松戸地域福祉事務所「あじさい」がある。ここでは主としてデイサービスに取り組んでおり、半数近くの職員が、障がいのある人、ニート状態、引きこもりだった人である。高齢であっても障がいがあっても同じ仲間として、全員が同じ時給で対等に働いているという。ここで生活相談員として働く男性は、「できないことは、できる人がする」というように、スタッフ同士の支え合いが自発的にできている、と語る。
 後者のスペインの事例のなかで「協同労働」の特徴が明確にあわれているのは、バルセロナ市の郊外にある「ジェディ(GEDI)」という労働者協同組合である。ここは、移民の子どもや家庭に問題を抱えている子どもたちが生活する施設を運営している。子どもたちが普通の生活にスムーズに復帰できるよう、健康面のケア、学習の援助だけでなく、16歳以上の子には働くことも教える。スタッフとして働く組合員たちは、「自分たち自身が自分たちのために、より有効なお金の使い方、仕事の仕方を考えることができる」、「毎年2回集会を開いて、組合のメンバー全員で年度計画を立てたり、その年の活動の反省をしたりする」、「給料もすべて組合員であるスタッフ皆で話し合って決めるので、納得がいく」と労働者協同組合の利点について指摘する。
 いずれの著書でも、民主的に事業運営し、協力しながら働く労働者たちの姿をみることができる。

 しかし「協同労働」をめぐる問題も存在する。その一つが労働基準法や労働・社会保険の適用にかかわる労働者性である。この点についての指摘はいずれの著書も十分とはいえないが、日本とスペインの違いがきわめて大きいことはわかる。
 後者によれば、スペインでは国レベルおよび州レベルで協同組合法が制定されている。さらに、総合協同組合、社会的目的をもつ協同組合、混合協同組合についても規定がある。こうしたあらゆるタイプの協同組合のメンバーに対して、社会保障の充実した職場環境を保障しているという。
 一方、日本では、農協や生協など種類ごとに協同組合法が制定されているが、労働者協同組合については法律がない。すなわち法人格が認められないため、企業組合やNPO法人を活用して事業を行っているのが現状である。なおかつ、そこで働く組合員は自ら出資し、経営もするので、労働法上の「労働者」に該当するのかということがしばしば問題になってきた。
 前者の著書のなかで、日本労協連理事長の永戸祐三氏は「労働者とは「仕事をする人」であり、地域のために主体的に働こうという人たちに、労働者としての権利、保護制度が適用されるのは当たり前」と述べている。そこで、市民会議や議員連盟を結成し、「協同労働の労働組合法」の早期法制化に向けて運動を続けているという。
 「協同労働の労働組合法」の趣旨は、労働者協同組合に法人格を与え、そこで働く組合員を労働者と認めることである。その要綱案には、労災保険や雇用保険の適用や就労規程の作成などが義務づけられているが、それだけで労働者の権利が確保されることになるかは議論が必要だと思われる。くわえて、既存の労働法における労働者性についても実態にあわせた見直しが必要かどうかも論点となりうる。この点は、「協同労働」で働く人びとにかぎらず、自営業主とされることが多いが、現実には同種の雇用労働者の働き方と変わらない業務契約型の人びとを含めて、労働者性を広く捉えることが必要であろう。

 もう一つは資金調達の問題である。後者の著書では、スペインの各地に支部をもち、社会的連帯経済関係の団体に資金の貸付けを行う金融組合「COOP57」の事例が紹介されている。企業、行政、銀行からお金を借りるよりも、自分たちが出資している財源から資金の貸付けを受けて事業をするほうが、支え合いができ、信頼関係が深まるという。それぞれの地域で社会的連帯経済関係の組合が集まり、そうした社会的金融の仕組みを自主的に立ちあげていった。
 一方、日本の場合をみると、ワーカーズコープでは、業務委託、指定管理などでの国や自治体の仕事が圧倒的に多いのが現状である。つまり財政面での行政への依存度が高いことを示している。前者の著書では、行政からの仕事を地域のニーズに応えられるように充実させたうえで、生活サポート事業や農業・漁業・林業などの第一次産業の分野にも挑戦していきたい、と永戸氏は展望を述べている。資金面での行政依存から脱却し、自主性かつ独自性のある活動を展開するために、日本でも労働金庫のように「共助」にもとづく社会的金融の基盤づくりをもっと議論しなければならない。

 上述のような「協同労働」をめぐる日本とスペインの事例は、労働組合に対して何を示唆しているか。連帯を基礎とする社会を構築するという最終目的でいえば、労働組合であっても協同組合であっても方向性は同じように思われる。ただ、そうはいっても、現状では雇用労働の比率が圧倒的に高い。それとは異なるもう一つの社会をつくるという展望をもっても、たしかに協同労働から雇用労働へという形での波及はあるかもしれないが、現実の雇用労働が協同労働を規定する側面もまた大いにありうる。この両者が社会運動としてもっと連携すれば、社会変革の可能性は大きくなるのではないだろうか。


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